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2018年11月29日 (木)

歳月を覇す

 昔聞長老言 (昔 長老の言を聞くに)
 掩耳毎不喜 (耳を掩いて 毎に喜ばず)
 奈何五十年 (如何ぞ 五十年)
 忽已親此事 (たちまち既に此の事を親しくせんとは)

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 求我盛年歓 (我が盛年の歓びを求むること)
 一毫無復意 (一毫も復た意うなし)
 去去転欲速 (去りて去りて うたた速やかならんと欲す)
 此生豈再値 (此の生 豈に再び値わんや)

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 傾家時作楽 (家を傾けて 時に楽しみを作し)
 竟此歳月覇 (此の歳月のはするを覚えん)
 有子不留金 (子あるも 金を留めず)
 何用身後置 (何ぞ用いん 身後のはからい)

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これは陶淵明の「老年」と題する五言絶句である。
陶淵明は紀元400年頃の人だから、1600年以上前に生きた人が、私と同じ様な心境だったことになる。

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そう・・、若い頃の歓びをもう一度求めようとは、もはや少しも思わない。
しかしながら我が人生は二度と繰り返さないんだから、仮に家が傾いたとしても財を使い果たし、時には大いに楽しんで年月を過ごそう。

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どうやら私も、この1600年前の陶淵明を倣っているようで、やりたい(出来る)事に精を出している。
申し訳程度に働(農作業)いてはいるが、しかし意識の中心は「作楽」にある。

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自身の意識の中に「老年」などと言う物は存在しないが、人間70年も生きれば紛れもなくそれは老年なんだろう。

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老年を意識するとすれば、それはコツコツ(根気仕事)が苦にならなくなったことだ。
昔(若い頃)なら途中でおっぽり出した様なことも、今じゃコツコツとやり通してしまう。

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それに簡単にゃ怒らなくなって、まぁ~人生にゃ色々あるさって、おおようになっている。
いずれにしても、残された歳月をやり尽そう(覇する)って気持ちは変わらない。

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人間ってヤツは、1600年を経てもちっとも変わっちゃいないんだ。
 

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