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2018年11月 3日 (土)

送別の涙

親しいラン仲間であったヨッピーさんが、31日の夜、横断歩道で跳ねられて即死してしまった。
初めは嘘かと思ったが、やがて突然頭突きを食らったような衝撃に襲われた。

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つい先日まで一緒だったその人がいないと思った瞬間、猛烈な空虚感に支配されたのだ。
何かしなければと思いつつ、私に出来ることは弔辞を書くことくらいしか無いと思い至った。
そして今日の葬儀を迎え、日頃のランナー仲間が25人ほども駆けつけてくださった。
人は何時か死ななければならないのだが、だがそれにしてもヨッピーさんの死は早すぎた。

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気休めを思うなら、これまで精一杯生きてきて、全力疾走の最中に旅立ったのだと、悔しいけれどそう思いたい。
ヨッピーさんは全国のランナーから「ウルトラの母」とも慕われた人で、何時もニコニコと明るく、正に女性ウルトラランナーの先駆けだった。
一昨年一月の宮古島ウルトラには、やっと念願叶って一緒に参加したのだが、彼女は「これが、最後のウルトラ」って言ってニコッと笑った。
その14時間後、もう辺りは暗くなって居たけれど、その闇の向こうから体が45度も傾いて、今にも倒れそうになりながらゴールに向かってくる人がいた。

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それがヨッピーさんで、ゴールの係員が数人駆けつけていく中を、それを振り切ってゴールにたどり着いた。
最後と思い詰めた100k走、彼女は何としても完走を果たしたかったのである。
「人が生きるとは、一生懸命であれかし」彼女はその思いを伝え続けていたんだと思う。
花に囲まれて静かに眠るヨッピーは、全てをやり終えて微笑んでいるようでもあり、そう・・「我が人生に悔い無し、あなたもね」そう言っているようにも見えた。

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滅多に涙することの無い私だが、ヨッピーとの別れは殊の外辛かった。
無念としか、言い様もない。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

山草人さん
よっぴーさんの突然の訃報には本当に驚きました。
ついこの間まで電話で話したりラインでやり取りしたり。
それが一瞬のうちに遠いところへ旅立ってしまったんですもん。
人間の命は儚いもの。
でも儚いながらも精一杯思い存分に生きられたら自分は満足かな。って思う、私はね。
でも…自宅へ戻り、ふとよっぴーさんの事を思い出すと涙が出て止まりません。
あの可愛らしい笑顔が忘れられません。

投稿: さくら | 2018年11月 3日 (土) 20時09分

よっびーさんは
今も
私のこころに生きています。
たぶん
いつまでも・・・
でも
マラニックに参加してもらえないのが残念
勉強会に参加してもらえないのが残念

よっぴーさんとは
平成6年 1994 12/30に東海道五十三次遠足ジャーニーラン 静岡→浜松84kmの時初めてお会いしました。以来24年のお付き合いです。
この長い年月のランの思い出は消えることはないでしょう。

山草人さん
今日の弔辞には涙しました。

投稿: ヒロボー | 2018年11月 3日 (土) 20時11分

 儚い、はかない、あぁ儚い。私達の命なんて、生きているのが不思議なほど、儚いものかも知れません。さくらさん、今日は弔辞を有り難う。私だけかと思っていたのに、二人の弔辞で、佳江さんの生きた姿を幾ばくか浮かび上がらせることが出来ました。せめてもの、佳江さんへの回向だよね。そう・・私達のこれからの生き様を、佳江さんにとくと観ていてもらいましょうよ。
               山草人

投稿: 山草人 | 2018年11月 3日 (土) 20時24分

 そうだよね、ヒロボーとヨッピーさんの付き合いが一番長いんだと思う。でも、いい付き合いだった。長谷川さんが言うように、ヨッピーさんはニコニコ笑っているだけだったかも知れないけど、頑張りを含めて、私達に色々なことを教えてくれた。
「よっちゃん、有り難う。」もう、ただそれだけです。
                山草人

投稿: 山草人 | 2018年11月 3日 (土) 20時29分

よしえさん。
まだまだ実感がなく、これから、どこに走りにいっても、よっぴーに会えないのかと思うと、その喪失感がとてつもないです。
今日は、おふたりの弔辞に、ただ、涙でした。
生きて走れることに感謝しなくては。
また、心あらたに。

投稿: あだち。 | 2018年11月 3日 (土) 20時46分

 そうですよね。あだっちゃん!!私も心を新たにしました。自分が生きてるって、何かってね。
 人生色々とあるけれど、愚痴など言ってる暇は無い。ゴールまで一目散に走るんだって、あんまり早く行きすぎても困るけど、仲間と語らいながら走りゃ良いんだよね。
                 山草人

投稿: 山草人 | 2018年11月 3日 (土) 21時04分

兄貴、弔辞ありがとうございます。
今日は安心して聞いとれたわ。笑
やるせな無念の思いを釈迦の大往生の弟子への言葉を綴った今日を読み…生きるも死ぬも無情であるとの積極を聞いた通夜式
やりきれない無念の心のコントロールの足しにもならない。
今日のお教も下手なサンスクリット語の羅列何の足しになるやら!
兄貴とさくらさんの弔辞に感謝します。
あれからまた、湖西連峰を眺めてながら湖西市の仕事場に戻り
一人やりかけの仕事を涙流しながらしましたが、
兄貴の弔辞の言葉に心のコントロールを取り戻しまた。

佳江さんの存在は有難しです。
兄貴の言われた様に、締めくくりの言葉、ありがとう…
言葉の語源にもどれば、お釈迦の言葉…有難し…ですね。
無念ですが、佳江さんには、生前の出逢い関わり合いに有難し…ありがとう。ですね。
佳江さんありがとう。

兄貴、本当にありがとうございました。

投稿: ひろ | 2018年11月 3日 (土) 21時20分

弔辞ありがとうございました。
涙を誘いました。
宮古島のゴール、一生懸命に走る佳江さんの姿が思い出されます。
今、みんなでの勉強会、森町三倉で森信三先生の「修身教授録」を読んでいます。
戦前森信三先生が言った言葉、森信三先生の伝えたかったことは時空を超えて私たちの心に伝わってきます。
佳江さんも勉強会では会うことができなくなったかもしれませんが、みんなの心に何時までも残っていると思います。
人は何時かは死ぬ、だから今をどのように生きるのか。
一所懸命に生きる。
走ることで、そうわたしたちに伝えてくれた佳江さんに感謝しています。
こらからも。ずーっと。

投稿: しんしん | 2018年11月 4日 (日) 03時20分

兄貴今朝、佳江さんが私の所に来ました。
なんで?の問いかけに佳江さんの声


ひろ⚪️くん、私も気を付けて居ただよ。
でも気がつかなかっただよ。
気付い時には遅かった。
ドジだね〜私。
皆んなには、迷惑かけちゃったね。
本当に迷惑かけちゃった。
ごめんね。
でもみんなありがとう。

投稿: ひろ | 2018年11月 4日 (日) 06時03分

 ひろさん、事故の現場に行ってみて、それでなけりゃあ、枕元に立った佳江さんの言葉は出てこないよね。多分、佳江さんは、皆に向かってあの笑顔のままで、そう言っていると思う。あのヨッピーなら、きっとそうだよ。
 ひろさん、肝心なのはこれからの俺たちの生き様だぜ。気張って、生きようぜ!!
                 山草人

投稿: 山草人 | 2018年11月 4日 (日) 18時58分

 しんしんさん、辛いよね。もう今月からよっちゃんは来ないんだぜ。俺とずうっと一緒に走っていたヨッちゃんは、もう居ないんだ。馬鹿野郎、俺より先に死んじまやがって。
 だっけどさ、あんたの分まで俺りゃあ頑張るぜ、私はそう心しています。
                 山草人

 

投稿: 山草人 | 2018年11月 4日 (日) 19時06分

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