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2018年12月 1日 (土)

命は時

人生を学ぶ勉強会は2015年6月から始まっていて、今日はその34回目の集いである。
その中に前回まで毎度顔を出していた佳江さんの姿は無く、Hさんの描いた遺影であった。

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花を飾り羊羹を供えて、いつも通りの(どうしても佳江さんを偲ぶ)勉強会になった。
それもテーマは、折しも森先生の修身講義録の最終回「わかれの言葉」であった。

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先生が40回の講義を終えるに当たって、生徒達に語った「人生の道は深くして、その味わいは実に極まりない。」だから、これまでの講義も糧として、自らの道を切り開けと語っている。

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それにしても、この最終講もさることながら、既に今年も師走である。
今年を振り返って、何か新たなことに挑戦できただろうかと考えてみる。

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確かに沙漠の257kを走りはしたが、果たしてメンタルや私の人生にとって、どれ程の意味があっただろうか。
ひとはそれぞれ何かに挑戦し、それを達成する過程で何某かの「あかし」を求めて生きている。

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だから褒められたり認められたり、納得してもらったりは、実はとても大切なことだ。
それに須く、物事は形になって初めて、事なせりなのである。

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それで遅ればせながら、ナビブ沙漠257kを「時の印としてアルバムに印刷製本した。

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ところで今年も残すところ30日、それなりの新たな心構えが無くては、漫然と新年を過ごしてしまう。
要は時を大切にすることに尽きるのだが、その時を如何にして大切にするかが大問題だ。

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齡71才にして、余命幾ばくとも知れぬ年頃であって、漫然と日々を費やすいとまは無い。
正に自分の中に幾つもの証を、残していかねばなるまいと心している。

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コメント

長く続いた勉強会の終講は寂しいですね。
いつか参加してみたいと眺めてました。
Hさんのマラニックから少し離れてるとは言え
佳江さんの事を日々思い出してきた1ヶ月
何をやるか!?ではなく誰とやるか!?で有るといつも思います。
何処に行く!?では無く誰と行くか!?だと思います。
佳江さんに誘われてマラニックやボランティアに参加した人は多い
一番悲しいのは、うっちーさんかな?
だろうな〜
どんなに辛いことも仲良しや愛する人とやると辛さはやりがいとなり
当たり前の時間が、とても素晴らしい時間となる様に…
あの佳江さんの笑顔や言葉、人との関わり方、佳江さんの言葉…は
癒しの何者でもないですね。

投稿: ひろ | 2018年12月 1日 (土) 19時35分

 最終講の書き方が誤解を与えてしまったようですね。森信三先生の最終講義であって、私達の勉強会は未だ未だ続くのです。
 今回で34回目になりましたから、参加者は何時の間にか家族のように近しい存在になって、お互いの人生をより身直に理解できるようになりました。誰とその「時」を共有するかは、もちろんとっても大切なことですね。でも、その関係性はお互いが努力して築いていくものでもあります。
 ひろさんにも、是非参加して欲しいな。
                山草人

投稿: 山草人 | 2018年12月 1日 (土) 20時37分

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