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2018年12月19日 (水)

竹藪と竹林

先日伏見を走った折、かなりの間竹林(筍畑)の間を通ることになった。
京都は筍生産が盛んで、竹林に客土したり肥料を施したりして、筍を育てる畑にしている。

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私達が走った傍らでは、もう既に筍掘りが始まっていて、10cm程の小さな筍を収穫していた。
さぞかし柔らかで刺身にでもするのだろうと思ったら、中身はかなり堅く、煮込んでおせち料理に使うんだとか。

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それでも、この時期の筍は春の先駆けであって、おせち料理の貴重な素材になるのである。
ところで、この畑としての竹林には親竹は疎らで、その親竹が根を十分に伸ばして筍を産み出すらしい。

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その疎らにギュッと伸びた(背丈は抑えられている)竹林が、幾分詩的な風情を醸していた。
しかし私の馴染んできたのは竹藪で、かつては農業資材(ハザや垣根)として必要不可欠だったが、何時の間にかブッシュとして放置されていた。

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子供の頃、その竹藪に道を付け、中に一畳ほどのスペースを作って、自分の隠れ家にしていた。
自分だけが知っている入り口を入ると、そこには自分だけの心の空間があって、満ち足りた思いをしていた記憶がある。

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勿論少年期のことだが、あの頃は孤独では無い自分を知りながらも、あえて孤独を遊びとして楽しんでいたようだ。
自分だけの空間は、夢や憧れ、或いは冒険心とも繋がっていたようで、小さな孤独を遊びにしていたのである。

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その思い出の竹藪は、40才の頃二年ほど掛けて全て取り払ってしまい、今では庭の一部になっている。

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あれから60年余を経過し、京都伏見の竹林を美しく眺めている自分を不思議に思った。
あの子供の頃など随分昔のことなのであって、あぁ~遠くまで来たなぁ~って思いも入り交じっていた。

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