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2018年12月 7日 (金)

おだまき

今日は葡萄の冬支度(剪定)をしながら、「おだまき」って事を考えていた。
かつて俗言に「おだを巻く(繰り言を言う)」ってなことを言ったが、その「オダ」である。

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実は、先日登った山梨県の大蔵高丸の頂上付近に、「オダマキ」の群生地があった。
春の花だから、勿論既に枯れ草に過ぎなかったが、唯みんなとオダマキについて話したのである。

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オダマキはキンポウゲ科の植物で、花の形が機織りの糸玉(苧環)に似ていることからその名がある。
つまり、糸がぐるぐる巻いてあって織機に糸を供給するのが、本来の「おだまき」だ。

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おだまきで思い出されるのが、義経の恋人だった静御前だろう。
静は、源頼朝に追われる身となった義経一行と、吉野の山中で生き別れてしまう。

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義経の子を身籠もっていた静は捕らえられ、鎌倉の鶴岡八幡宮で舞を披露することになる。
京随一の舞手とされた静の舞を見てみたいと、北条政子が頼朝に懇願したのである。

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その満座の中で歌い踊ったのが「しずやしず  しずのおだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな」であった。
そして「おだまきの糸は元に戻らないが、昔を今にしてみたい」と歌うその舞に、元流人であった頼朝が激怒したのである。

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その頼朝を、政子は平然と「女の気持ちとは、そういうものです。」とたしなめたと言う。

それはともあれ、平成も終わらんとする今日、織機(苧環)など中々見ることは出来ないが、あのカラカラと巻き取られていく糸のイメージはしっかりとある。

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静御前は自分の運命をおだまきに見立てた訳だが、誰だって昔を今にすることなんて出来やしない。

巻き取られた糸はもう元に戻らないのであって、而して殊更にその糸が愛おしく思われる。

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と言って何が出来る訳でも無いが、人生の糸車は止まることなく回り続けている。

やがて糸が無くなれば車は止まるのだろうが、残りの糸はどれ程か推し量ることも出来ない。

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一本一本と葡萄の蔓を切り落としながら、そんな他愛のないことを思っていたのである。

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