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2018年12月29日 (土)

さばかりのこと

毎日を懸命に生きたいと思っているのだが、人間そうそう気を張って居られるものではない。
フッと気付けばまぁまぁそれでもと、惰性のままに気儘な時を費やしていたりする。

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そもそも犬や猫のように自然体で生きれば良いものを、人間には何かとこだわりがある。
喧嘩しただの、株が下がったとか、あいつが先に昇進したとか、嫉妬や後悔は尽きない。

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それで時には死にたいと思ったりして、一度もそんなことを考えずに一生を終える人は居ないんじゃ無かろうか。
人は多分に気分屋で、それでもなんだかんだ、まあまあ平穏無事で生きている。

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それでも、現役時代は宿題も多かったから、それは夢中で生きていて、余分なことを考える暇が無かった。
それが大方の仕事を終えて、毎日が楽隠居の遊び三昧となってみると、これで良いのやら悪いのやら。

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いやいや、天の与え賜うたこの月日を楽しまずして何としようと思う一方、お前は何のために生きているのかと問われると答えに窮するのだ。
安楽な人生を送ることの無かった石川啄木の歌に「『さばかりのことに死ぬるや』『さばかりのことに生くるや』よせよせ問答」というのがある。

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思えば、私など生まれてからこの方、ずう~っと「さばかりのこと」をして生きてきた。

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それでも自分が何よりも大事で、何時だって自分のすることを正しいと信じようとしてきた。
劣等感に苛まれ、「友がみな 我よりえらく 見ゆる日よ」って思いは日常茶飯だった。

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それでもまぁ~平穏無事に生きてこられたんだから、まさに問答無用だろう。
来し方を振り返れば、あれもしたこれもやったと思いはすれども、所詮は「さばかりのこと」なのである。

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而して、大手を振って今を楽しむ時なのだと思う。

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