« 竹藪と竹林 | トップページ | 下り坂を踏みしめ »

2018年12月20日 (木)

觔斗雲

孫悟空が乗って縦横無尽に移動する、あの雲のことである。
航空機は飛び交い、空飛ぶ車すら実現しようかという時代だから、それ程の仙術でも無くなったが、子供の頃あの雲が欲しいと思った。

Img_1515

スーパーマンならずとも、人間が鳥のように空を飛ぶのは、遙かなる羨望だったろう。

Img_1518

先日訪れた平等院鳳凰堂には、52躯もの觔斗雲に乗った雲中菩薩像が安置されていた。
その菩薩はそれぞれに楽器を持って、まるでオーケストラのように楽曲を奏でているのである。

Img_1517

平安時代には、勿論のこと仏教(浄土教)の教える西方浄土(天国)が信じられていた訳で、平等院鳳凰堂はその浄土をこの世に表現しようと造られたものだ。

Img_1525

時の関白(1052)藤原頼道は、仏教の経典に描かれた浄土の宮殿をこの世に再現させようとしたのだ。
元より今日の常識からすれば、現世にもあの世にも極楽浄土も地獄も無いのだが、当時とすれば死後の世界は重大事だった。

Img_1520

それに死んで地獄に落ちないために、現世において功徳を積む教えは、今日にだって通じるものだろう。
さても鳳凰堂そのものは、平安時代を代表する世界遺産だが、どこか嘘っぽさが漂っている。

Img_1521

何となく寂しさ(空虚)を感じさせるのだが、觔斗雲に乗った雲中菩薩像は生き生きとしている。

仏師定朝の作と伝わり、後々の仏像と比べても、完成度は極めて高いのではないか。

Img_1522


ともあれ成熟した文明のお陰で、居ながらにして壮大なオーケストラを楽しみ、冷暖房の整った生活すら実現してしまった。

極楽こそ(信じられ)無くなったが、この現世こそが浄土なのだと思う。

Img_1523


而して、生ある限り精一杯楽しむことが肝心だと考えている。

|

« 竹藪と竹林 | トップページ | 下り坂を踏みしめ »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/67503403

この記事へのトラックバック一覧です: 觔斗雲:

« 竹藪と竹林 | トップページ | 下り坂を踏みしめ »