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2018年12月10日 (月)

我が立つ杣

この三十年近く、小笠山の杣(そま)路をせっせと走り続けてきた。
小笠山の場合は、痩せ細った尾根に続く、ほんの狭い道を登り下りする訳だが、躓いて転んだりでもすれば深い谷に転げ落ちてしまう。

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その道すがらには、ウバメガシが延々と育っていて、ちょっと異次元の風景を醸している。

こんなに長い間よくぞ通い詰めたものと、自分でも不思議なくらいである。

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ところで杣(そま)とは、滑り落ちそうな山の斜面にあるほんの少しの平らな場所のことだ。
ほんの一時安心して居られる場所であって、その人の安住の地にも通じている。

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因みに最澄が叡山に延暦寺を建立した折、次のような歌を残している。
「阿縟多羅三冥三菩提の仏たち 我が立つ杣に 冥加あらせ給え」(新古今和歌集)

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考えてみれば、一生の中で自分の立ち得る場所は、そんなに多くは無いのである。
生涯の安住の場所と思い定めた職場だって、定年と共に何の縁も無い場所になったし、懸命に育てたはずのマイホームだって、子供達の巣立ちと共に殻の巣になった。

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親交を重ねたはずの友だって、何時の間にか疎遠になっていたりもする。
この70年を考えたってそれこそ山あり谷ありで、これぞ我が安寧の地等と思ったことはない。

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何一つ変わらないものが無い中で、その「我が立つ杣」を見いだすのは容易ではないのだ。
増して健康が、殊に呆けが心配になる人生の最晩年は、その杣道は一層細くなるのだ。

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ともかく、ようやくにして平地を得たならば、それを大切にするが肝心だ。
そんな基本的なことが、最近になってやっと分かり始めている。

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