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2018年12月 2日 (日)

大蔵高丸・ハマイバ丸へ

大蔵高丸(1781m)は、秀麗霊峰12景の三景、山梨100名山の一峰である。
早朝五時にMさんと共に出発し、甲斐大和駅で東京からの仲間を拾って大和道の駅へ。

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そこで6名が合流して、タクシーで40分近く走り、大蔵高丸近くの湯ノ沢峠に向かう。

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かなりの高さまで登っていって、タクシーを降りて30分ほどで大蔵高丸の山頂に到る。

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今朝は一面晴れ渡っていたのだが、道の駅に着く頃には雲が重なってきて、富士が見えなくなった。

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山は冬枯れの林で、足場は霜柱が溶けてかなり泥濘んでいたが、つるりと転ばないように注意深く下っていく。

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そう、今日の登山は、その殆どが下り道なのである。

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空一面が霞んで12景の一望も駄目かと思い始めた瞬間、忽然と霊峰富士が浮かび上がった。

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前面に織りなす山々を睥睨するごとく、悠然とその姿を現したのである。

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その前面の山々とのバランスが素晴らしく、流石は霊峰12景と息を飲む美しさであった。

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その大蔵高丸から下ってハマイバ丸へ、破魔射場に由来するらしく、かつて神事が行われたのかどうか? 
更に下って大鹿山の頂上で昼食となったのだが、MさんとNさんの配慮で望外の宴会となった。

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1200mほどの山頂でキムチ鍋を中心に、デザートやアイスまで、山行とは思えぬご馳走に腹一杯になったのである。

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この山頂の宴会に1時間半近くを費やして、今度はそこから3時間近く下らないと道の駅には戻れない。
それもずるずると滑る急な下りに閉口しつつ、一杯になったお腹を抱えて下ったのである。

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落ち葉が厚く敷き詰められていて、その落ち葉を踏みしめる音が話し声をかき消す程だった。
ともあれ里に下りるとそこは景徳院で、武田勝頼の終焉の地である。

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長篠の闘いで信長に大敗した勝頼は、以降国内防備に全力を尽くしたのだが、配下の武将(永山梅雪)の離反などもあって、ついにこの地で果てるのである。

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道の駅に戻り着いたのは16時で、今日の一日もアッと言う間に終わってしまったのだが、
富士の絶景に武田滅亡の地を訪れたことで十分満足であった。

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