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2018年12月 4日 (火)

万事ほどほど

師走というのに、小春日和どころか春の盛りを思わせる陽気に驚いている。
ハウスの中で作業することの多い私は、この時期としては珍しく下着一枚で過ごしている。

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それは兎も角、70才を過ぎてなお血気盛んな自分のことを考えている。
孔子先生は「過ぎたるはなお及ばざるがごとし、中庸の徳たるや、それ至れるかな」と言う。

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何を言っているかというと、人は食べ過ぎても少なすぎるのもいけない。
飲み過ぎるのは言語道断だが、かと言って我慢してるのも、生きている甲斐が無い。

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何にもせずにゴロゴロしてりゃ良いってもんでも無いが、働き過ぎるのは良くない。ってこと。
そりゃあそうだろうとは思うが、その加減たるやさっぱり分からないのである。

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働くとなれば足腰がギーギー言うまで働くし、走るとなれば100kを越えて走ろうとする。
100才近い三浦雄一郎さんが南米の6000mを目指すそうだが、人には限りが無いのだ。

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そもそも、人の心と体には人それぞれの領域があって、その領域は実は自分で決めるのだ。

足が痛い腰が痛い、体がだるいなどと、歳を取れば自ずと様々な障害が訪れるのだが、問題はそれを乗り越える意思力が有るのかないのかである。

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厭だなぁ~、もう止めようって意識が何処かにあれば、それはその人の持病になっていく。

私達人間も動物で、動くからこそ動物であって、生涯動くことを止めちゃいけないんだな。

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歳を取れば自ずと出来ること・出来ないことの境目が見えてくるだろう。

だけどその境目は、実は自分の生命力というか、ものの考え方次第なんだと思う。

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「万事ほどほど」と書いてはみたものの、人の一生は万事ほどほどに違うのでもある。

私は命ある限り、万事出来ることはほどほどにやり尽し、その途上に倒れたいと思う。

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そんな自分を、自分を離れた高いところから俯瞰している自分がいる。

そいつが「せいぜい、生きてみろやい!」って言ってる。

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