« 昨日と今日 | トップページ | 竹藪と竹林 »

2018年12月18日 (火)

連続すること

昨日は変化が大切だって書いたが、当然ながら生命の本質は継続にこそある。
その継続する毎日が突然切り替わるのが定年で、その変化に耐えられ無い人を見かける。

Img_1434

特に日常生活(家事)の少ない男に顕著で、第一線を退く(日常を変える)のはかくも大変なのである。
私も十数年前に経験したことだが、暫くの間は山に行って走るのが日課だった。

Img_1437

それで一日は終えることが出来たが、何とも心がエンプティで遣り切れなかった記憶がある。
それでも私の場合は、現役時代から続けていた4つのことがあって、それに救われた。

Img_1440

それは走ることであり、書くこと・作ること・会うことで、今でもこの四つは続けている。
継続は力と言われるように、コツコツと物事を続けていると、何時の間にかそこに新境地を見つけることが出来る。

Img_1442

例えば、ホウレンソウをもう十数年作り続けているが、半年間の重労働をしても売り上げは十万円そこそこで、自在や労賃を考えると現実には赤字だ。
それでも作り続けているのは、何千粒の種が生長していく姿(生命力)が嬉しいからだ。

Img_1443

先日、ホウレンソウを作るのは嫌いだと言う人が来て、芽が出ないと愚痴っていった。
私も厭地対策やら虫害・疫病にも悩まされたが、それは経験の積み重ねで乗り越えてきた。

Img_1445

走るのは40才の頃からだからもう30年にもなるが、走りを習慣として尚且つ楽しむためには、それをコツコツと続ける長い期間が必要だ。
とてものこと、還暦を過ぎて押っ取り刀で始めるには無理(故障など)がありそうだ。

Img_1447

先日、このブログのある読者から「文章が上手くなった」と褒め(?)られたが、やはり書くことも慣れが必要なのである。

Img_1450

多分、老年期の充実は、長年の限りも無い経験の堆積が、ようやくその老いの日々を満たしてくれるものなんだ。
いずれにせよ、人は現在しか生きられないのだから、目前の仕事をコツコツとこなしながら、日々を懸命に過ごすしかないのだ。

Img_1449

|

« 昨日と今日 | トップページ | 竹藪と竹林 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/67496977

この記事へのトラックバック一覧です: 連続すること:

« 昨日と今日 | トップページ | 竹藪と竹林 »