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2019年1月28日 (月)

アユタヤーへ

今日は、バンコクから75k高速道路を北上し、ウートン王が開いた王城の地アユタヤーを訪れた。

水運に恵まれたこの地は1351年に王朝の都となって以来、417年にわたって栄え、あの山田長政の活躍したのもこの地である。

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山田長政は1612年、都と向かい合うようにチャオプラヤー川の対岸に日本人町をを造った。

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静岡県の沼津当たりの出身らしいが、琉球や台湾を経てシャムのこの地に渡り、日本との交易で力を蓄えた。

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やがてオユタヤー王朝の傭兵として権力を得、一世を風靡することになったが、やがて江戸幕府の鎖国政策と相俟って町は衰微し、政敵に毒殺されてしまう。

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そんな訳で長政の活躍したのは18年間に過ぎず、今はその跡地には石碑と記念館が残るだけだ。

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ともあれ私達が最初に訪れたのは、その日本人町跡である。

暫し江戸初期の面影をと探したが、僅かに厳しい顔をした長政の銅像を残すのみだった。

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次に訪ねたのは72mの高い塔のあるワット・ヤイ・チャイ・モンコンで、1592年のビルマ軍との戦勝を記念して建てられたという。

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寝釈迦仏像や数十体の仏座像とともに、1357年の建造以来の歴史を感じさせる。

そしてその近くの水上マーケットに向かったのである。

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いやいやその隣にたくさんの像がいて、その像に乗ってから昼食と言うことになったのである。

さても、その15分余りの像の散歩に一人あたり400バーツ(千五百円)である。

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私は皆さんのご満悦な顔を眺めていただけだが、像たちの迷惑そうな顔とはうって分かって、それぞれ満足した様子だ。Img_2130

やっと昼食かと思ったら、その前に笹船に乗ってマーケットの水路を一回り、これもマーケットの演出である。

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かつての水上生活盛んなりし頃の風景を感じつつ、タイ国での旅情を感じさせていただいた。

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更にもう一遺跡と言うことで、今度はワット・プラ・マハタートで、1374年に建設された巨大な寺院で、かつては白亜の華麗な寺院だったらしい。

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しかしその後ビルマ軍によって大きく破壊され、首のない仏像に日干し煉瓦を積み上げた堂塔が半ば朽ちかけて林立している。

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中には木の根に埋め込まれてしまった仏像の首など、まさに歴史の遺産と言うべきだろうか。

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そんなこんな、今日一日はアユタヤーの地に遊んだのである。

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