« 湖西連峰トレランへ | トップページ | 心ゆくもの »

2019年1月 7日 (月)

亥年の七草がゆ

今朝は無病息災を思いつつ、七草がゆを頂いた。
殊更胃が疲れているという訳では無いが、久しぶりのかゆに何故か心温まる思いがした。

Img_1744

その思いは「今年が平穏な年でありますように」ってことである。
今年は亥年、私はその年男でもあるが、過去の亥年は決して平穏ではないのである。

Img_1724

2007年の亥年には、サブプライムローンが表面化して暗雲が漂う中、自民党が参議院選で大敗北した。
その前の1995年は、あの阪神大震災が起き、地下鉄サリン事件に驚かされた年だ。

Img_1725

12年毎に物事が循環する訳では無いが、何れも暗雲漂うというか、歴史的な変調を思わせる年だった。
そして今、トランプや英国などポピュリズムの風潮が世界を覆い、成長を続けてきた景気も先行きが懸念されている。

Img_1726

米中の貿易戦争だって、かつて第二次世界大戦前の覇権国どうしの軋轢を思い起こす。
そんなこんな、何かが起こりそうな予感のする年なのだ。

Img_1728

ところで亥年の「亥」と玄人の「玄(くろ)」とは、一本の違いでしか無い。
その玄とは、老子によると「人生と宇宙の根源」とされていて、色に置き換えると「くろ」になる。

Img_1732

しかもその「玄」は、真っ黒の一歩手前の色だと言うのだ。
本当の玄(くろ)は真っ暗では無く、一筋の明かりを漂わせ、希望を生み出す色なんだとか。

Img_1733

ともあれ、もう六回目の亥年であって、角が一本取れて、そろそろ人生も玄人の域に入って良さそうなものだが、未だに生々しい。
相変わらず、年初からずっぱしる態勢である。

Img_1734

補足すれば、玄というのは一筆の濃淡では無く、淡い墨を重ねて濃くしていくのだそうだ。

Img_1739

或いは私達の生涯も、その玄人に達する道筋であって、一日一日をその淡墨を積み重ねているのだ。
まぁ~、我が輩は未だ未だ薄墨にも達しないのだが。

Img_1740

|

« 湖西連峰トレランへ | トップページ | 心ゆくもの »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 亥年の七草がゆ:

« 湖西連峰トレランへ | トップページ | 心ゆくもの »