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2019年1月31日 (木)

現世か来世か

私なぞはほぼ無宗教(困ったときの神頼み)だから、信仰というものの価値を信じていない。
奈良時代の仏教導入は学問(人生哲学)から始まるが、空海の密教から信仰じみてくる。

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その根底には、輪廻思想に由来する天国と地獄を信じる来世への不安があった。

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自分の死後はどうなるのかという、恐怖にも近い感覚で、だからこそ西方浄土を求めたのである。

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徳を積み喜捨を施せば「善人なおもて往生を遂ぐ」のであって、来世は必ず報われるとされたのだ。

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陰陽道(安倍晴明)や菅原道真の祟りは、そうした来世への思想があって初めて存在できたのだ。

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因みに平安時代に宇治平等院を創建した藤原頼道は、来世の世界を今生で再現したのだと言われている。

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その隆盛を極めた仏教だが、近世にいたって急速に衰微して行ってしまう。
自然科学の進歩普及と相まって、多くの人々が来世の存在を信じなくなってしまったからだ。

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而して日本の仏教は、葬儀を司る儀式として辛うじて存続しているのである。

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しかし昨日まで滞在したタイでは、煌びやかな寺院の存在や教育(多くの人が得度する)によって来世を信じているかのようだ。

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街のあちこちに祀られた仏には供え物が絶えないし、托鉢の僧侶への喜捨も怠りない。

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寺院は金箔で張り巡らされ、この世の天国を表現しているかのようでもある。

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ワット・プラケオはその最たるもので、寺院の外側の回廊には釈迦の生涯が延々と描かれ、その内側には驚くほど華麗な堂塔が立ち並ぶ。

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これ程の絢爛豪華さは、恐らく世界屈指では無かろうか。

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来世を信じない私もその精緻な美しさに目を見張ったのだが、タイの人々は或いは見方が違うのかも知れない。

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当然ながら、現世で完結しようとする私と、来世を信じて生きる者とでは行動が自ずと異なるはずだからね。

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ともあれ宗教心の有無は別にして、ワット・プラケオは一見の価値ありである。

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