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2019年1月 3日 (木)

箱根八里を

新春の箱根駅伝は、予想外の結果で終わったが、9時国府津で7区の走者を見送った。
遠藤は勿論大変な人並みで、その人垣を掻き分けて彼らの勇姿に声援を送ったのだ。

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と言っても、今日はこの国府津から箱根を越えて三島までの40k近くを走るのだから、のんびりは出来ない。

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彼らが走りすぎると同時に、彼らの走ってきた道を遡って小田原に向かった。

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途中で建武の中興で没した新田義貞の首塚に立ち寄ったり、勿論小田原城に寄って箱根峠へと向かう。

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箱根は芦ノ湖を中心にした外輪山で出来ているが、そこまではずっと登りで、途中には秀吉の一夜城跡や北条早雲ゆかりの早雲寺がある。

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だがずっと急坂が続く訳で、その山道をあえぎあえぎ登っていく。

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途中からは石畳になって、この八里の間に石を敷き詰めた壮大な力を思いやる。

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登るだけでも大変なのに、そこを整地して重たい石を運び上げ、敷き詰めていったんだから、果たしてどれ程の人力を要したことだろうか。

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確かに箱根八里は馬でも超すとは言われたが、その馬だってかなり難儀したはずである。

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ともあれ私達は、昨年よりかなり早く、13時には甘酒茶屋に入ることができた。

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この茶屋は江戸時代から残された古民家で、かつては大名・小名も休息したという。

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ここまで来れば芦ノ湖は直ぐ目の前で、箱根の関所を越えて、復路のスタート地点に到る。

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今朝程まで人でごった返していたところだが、私達が到着した時には片付けの真っ最中だった。

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ここからは外輪山のピーク(箱根峠)を越えて、石畳の旧東海道を三島宿まで駆け下りる。

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およそ15k程だが、石畳で転倒しないよう慎重にスピードを上げていく。

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途中で山中城(北条氏が秀吉の侵攻に対して築いた城)に登ると、障子堀が美しく、本丸跡からは素晴らしい夕方の富士が聳えていた。

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山中城は数十万の軍勢に囲まれて一日で落城したと伝わるが、想像以上に大規模な城だ。
ともあれここからは、三嶋大社を経て三島駅まで一気に下っていく。

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薄暗くなり始めた17時10分、予定よりも1時間近く早く到着することが出来た。
約40kを8時間で走ったことになるが、新春早々元気に箱根八里余を走ることが出来たこと、それだけでも寿ぐべきだと思った。

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元気な自分が嬉しいし、「よし、今年も元気で!!」って気分だね。それに、楽しかった。

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