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2019年1月24日 (木)

ときめきは何処に

私の机の上段に、砂漠で両手を高く差し上げている一枚の写真がある。
昨年五月ナビブ砂漠を走った時のもので、カナダ人の女性が撮ってくれたものだ。

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軽快な身なりでサングラスをして砂丘に立つ私は、とてものこと70才には見えないだろう。
そもそもナビブ砂漠257kへの挑戦は、自分が70才にまでも達したことの驚きが契機だ。

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時に流されるのでは無く、望むらくは時を我が物にしたいとの思いだったと言っても良い。
人間は年を経ると共にときめきを無くす生き物で、何時の間にか惰性で生きてしまうものだ。

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だから、何とか今のうちに出来る「ときめき」を求めたいと、そう思う様になっている。
選択肢には世界旅行などもあったが、やはり自分の体力への挑戦だと、あの三浦雄一郎さん同様に考えたのだ。

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砂漠は確かに未知の空間だったし、丸一日360度同じ地平線を追いかけるなんて、たった一人なら気の狂うような大地を走った。
1時間進めば、その分だけ地平線が向こうに行くだけで、それでも進む他ない自分。

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そんな異次元のシチュエーションに、それでも進む他無い人生の毎日を投影したりもしていた。
そう・・今日も何の変哲も無い一日を終えようとしているが、あの砂漠の一日だって同じなのだ。

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257kのレースを終えた日、その達成感と同時に猛烈なエンプティーな気持ちに覆われていた。
「終わってしまった」って思いであって、明日からはもうこのレースは無いのだとの失望感だ。

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人間ってヤツは不思議なもので、困難なら困難なほど、それが続いて欲しいと思うものらしい。
「ときめき飢餓性」とでも言うのか、私の体が新たな挑戦を求めているのである。

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而して来月末からのニュージーランド250kへの準備は佳境にあって、foll of nature な挑戦を心待ちにしている。
人は「ときめき」を失うと俄に老化するものらしく、我が人生はときめきを追い求めるものでありたいと思っている。

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