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2019年2月11日 (月)

行き交う年も又旅人

この毎日過ぎ去っていく歳月も、私達が歳を取るのと同じような、時の旅人なんだろう。
その私が70の峠を越えた時、かなりの衝撃を持って「あぁ、大きな節目を越えたなぁ」と思った。

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昨日は同年の走友(大久保)の死を知らされたし、堺屋太一さんも83才で天寿を全うした。

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つまりその峠は、生き死にが人事では無くなったなって事でもあって、些か生きる姿勢が変わったような気がしている。
セカセカとしなくなったし、言うならば年配者らしい根気強さを身に着けるようになった。

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マラソンだって、昔のようにスピードが出なくなったし、頼るのは根気しか無い。

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今日も半日、それこそ根気強くホウレンソウの種を蒔いた。
蒔き溝を切り、そこに根気よく一粒ずつの種を入れて蓋をしていく。

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是を休むことなく4時間である。(そこのあなた、これが出来ますか?  )

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この種が一週間で芽を出し、二ヶ月の時を経て収穫物になる。
今シーズンは既に三巡目の播種で、収穫は4月中旬まで続くのである。

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いや何、細やかな年金の足しにでもなれば良いのだが、この農作業の成果は、一日当たりアンパン四つほどにしかならない。

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それでも骨を折るのは、その農作業が細やかな私の生き甲斐になっているからである。
コツコツと耕し、種を蒔き水を掛け、やがて収穫の時を迎える歓びもある。

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私の育てたホウレンソウが、その一家団欒の細やかな彩りになるのかも知れないし、「我が家のホウレンソウしか食べられない子供が居る」と聞かされたりすると、もう小躍りしてしまう。

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「月日は百代の過客にして、行き交う年も又旅人也。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて老を迎ふる者は、日々旅にして旅をすみかとす。古人も多く、旅に死せるあり。」

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芭蕉の奥の細道は、何もかもを見通しているかのようであり、心震えたりもする。
そう・・その人生は粛々と根気強く、自分の足で歩く他ないのである。

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旅人なればこそ、粛々と歩くのである。

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