« 成趣園 | トップページ | 出会いの人々 »

2019年2月22日 (金)

寺は歴史

タイを訪れてからもう一ヶ月を経過したが、あの絢爛たる寺院の様を思い出している。
日本の寺院も、或いは青に良し・・・の頃には、朱や青に染まった伽藍が続いていたのだろう。

Img_2000

しかし今日、神社仏閣は詫びさびをもって良しとする風があって、中々豪華は受け入れがたいようだ。

Img_2001

三島由紀夫の小説「暁の寺」は、チャオプラヤー川の畔にあるワット・アルンを舞台にしている。

Img_2007

1767年、時のアユタヤ王朝がビルマに滅ぼされ、アユタヤから川を下ってこの寺に辿り着いたタークシン将軍がトンプリー王朝を創設する。

Img_2009

将軍が辿り着いたのが「夜明け」だったから「夜明けの寺」と呼ばれ、やがて今日のチャクリー王朝の時代になって「ワット・アルン(暁の寺)」と呼ばれるようになったとされる。

Img_2010

いずれにしてもタイでは、仏教が政治と密接に結びついている訳で、その豪華さは必要に迫られた物なんだと思う。

Img_2017

つまり、現世において来世の存在を信じることが、政治の安定に繋がるのである。

Img_2019

彼の国の政情は必ずしも安定していないが、それを辛うじて保っているのが仏教なんだろう。

Img_2020

タクシン派が党首に王女を擁立しようとして失敗、これもタイ王国とすれば当然の流れなんだろう。

Img_2023

その仏教は538年に日本に伝わったとされるが、確かに奈良時代新しい文化・学問として珍重された。

Img_2024

仏教建築そのものが文化だったし、人々の人生観(来世を尊ぶ)を育てたのが仏教だった。

Img_2025

やがて仏教も正統派の最澄に対して、大日如来を中心とした空海(弘法大師)の密教の時代へと変わっていく。

Img_2026

宗教とはそれ自体不思議なものだが、日本では滅び、彼の国では未だ息づいているようだ。

Img_2027

|

« 成趣園 | トップページ | 出会いの人々 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 寺は歴史:

« 成趣園 | トップページ | 出会いの人々 »