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2019年3月 7日 (木)

第十三節 砂嵐

13節 砂嵐

 翌日の第4ステージは、夜を徹して84kを走る最大の難所であった。この日は内陸へ内陸へと向かって進むのだが、内陸に進むほど海からの風は、岩や砂に熱せられて熱くなる。それが、やがて40度を超える熱風となって吹き付けるのだ。東に向かって走り始めて暫くすると、正面から真っ赤な太陽が登ってくる。幾つもの竜巻が巻き上がり、その間を突き進んでいく。熱い。だが汗は瞬時に乾いて、全く感じない。

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 雲一つ無い青空と乾燥した砂の大地だけが、何処までもどこまでも広がっている。その風紋に影がさす砂の山を眺めると、自分がここに存在していることが不思議に思えてくる。いや不思議と言うよりも、自分がその砂粒の一つであるかの様にさえ思ったりする。そこは地平線の彼方までが無機質な砂の山なのだ。高さ300mほどの砂の丘陵がどこまでも、どこまでも波打って続いている。

一人自分だけが、その砂粒の中で生きている訳じゃない。地球が一つの生き物だとすれば、この沙漠だってこの何千年、生きて変化を続けてきたのに違いない。今、自分はその沙漠の腹の中に抱かれているに過ぎない。男はフッと、ここで死んでも良いと思った。

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遙か彼方の砂丘の向こうに、ランナー達の点々とした歩みが、アリンコの歩みの様に小さく見渡せる。青い空と傾きかけた太陽の光。それが大地を鮮やかなオレンジ色に染めている。更にその光は、くっきりと濃い影をつくり、地上のディティール全てを克明に描き出している。何も考えてはいない。その渇いた大地を忽然として進んでいく。大自然のその強烈なコントラストに、体の細胞の一つ一つが空や大地に向かって解放されていく。まさに融けていくような感覚であった。

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 地平線が、どこまでも一直線に続いて空と大地を分かっている。幾つもの丘陵が続いて脈打つ砂の海、その砂の波が刻々と色合いを変えていく。沙漠の地平線から顔を出す黄金色の太陽、それは正に命の輝きでなくて何としようか。沙漠の風景はそれは無機質なはずなのに、その一瞬一瞬がドラマチックに美しく変わっていき、殊に夕暮れ時は地球と言う惑星を意識せざるを得なくなる。この地球が誕生してからこの方の、その気の遠くなるような長い時間を私達に想起させるのだ。そう、何のことは無い。実は私達の体も星のかけらで出来ているのだ。

俺は、今その沙漠に立って、その沙漠に抱かれている。大きな宇宙と一粒の砂は何のかかわりもない筈だが、実は同じ宇宙であって、それは私達の体そのものでもあるってことだろう。

いつしか、夜が迫っていた。日が西に沈みかけると、給水ポイントで夜間用装備のチュックを受け、いよいよ夜(月)の砂漠へと旅立ちである。砂丘の上に一番星が光ったと思っていると、やがて空一杯に隙間なく星が広がって、宇宙全体を明るく照らしていた。何という世界なのか。その宇宙の下に、沙漠の砂粒ほどに小さな自分がいる。いやそれは、広漠たる砂漠が地の果てまで続くその砂の一粒にしがみつくアリンコなのかも知れない。夜の砂漠には風も音もない。ただ自分の足音が聞こえるだけだ。ヘッドライトで行き先を示す100m毎のフラッグを探しながら先を目指す。このフラッグを見失えば、それは信じられない闇の世界だ。生きると言うことは、この道標を辿ることでしかない。

午前二時を回っていた。給水テントの下で、微かなうめき声と共に何かが動いた。見るとそこには、ドリフトウッドの宿で一緒になったジャッキーだった。休んでいたらしいが、「アィム カムバック」と小さく言って寝袋から這い出した。その足を見ると、グルグルと巻いた包帯が真っ赤になっていた。片方の足の裏が全て裸になっちゃつたと言いながら、その足を靴に入れようとしていた。やがて、ジャッキーは足を幾分引きずりながら、闇の中に消えていった。

男達もゆっくりしている訳にはいかない。闇の中に踏み込みながら、ジュリアと四人で歌を歌うことにした。日本人の三人は月の沙漠を、そしてジュリアはイエスタディーを歌った。暫く進むと、突然闇の中から先に行ったはずのジャッキーが現れた。「フラッグがない。道を間違えてる。」男達は、揃って今来た道を引き返すことにした。それにしても、若いジャッキーは気丈である。

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