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2019年3月 5日 (火)

第十節 砂漠のただ中へ

10節 砂漠のただ中へ

 午前3時、テントの外では現地人スタッフが、湯を沸かし始めていた。その物音で目を覚まし、懐中電灯の光で身支度を調えた。とは言っても、衣服はランシャツ一枚だから、レース中はこの同じシャツを着たままで過ごすのである。まだ夜が続いていたがテントから出ると、幾つもの焚き火が燃やされている。辺りは濃い霧に包まれ、肌寒い。この海からの朝霧が、砂漠の僅かな緑を支えているらしい。

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 朝食を済ませスタートの合図を待っていると、原住民のヒンバ族の男女が現れ、全裸で踊り始めた。全身に褐色の土を塗っているとは言え、毛布一枚を羽織っているだけである。一人の女は、乳飲み子を背中に負っていた。彼らは未開の昔と変わらない生活を続けているらしく、公用語の英語も通じない。毎日を時間に追われて暮らす現代人とは異質な生き方だが、果たして彼らにとっての時間とは生きることそのものなのかも知れない。或いは、彼らは明日ではなく「いま」を生きているのだと、男はそう感じていた。

 ともあれ、第一ステージの43kが始まったのである。

 砂漠をどう走るかはかねてからの課題だったが、背中の荷物は流石に重たいが、砂に足を取られることも無く順調に進んでいく。やがて1時間ほど進むと、大きなドクロマークが二つ並んで行く手を遮るようなゲートが現れた。ナビブ砂漠国立公園の入り口であった。砂漠はこのスワッコップムントからアンゴラ国境まで千キロほど続いているのである。遠くに幾つかの青っぽい或いは赤い丘が見える他は、どこまでも荒涼・広漠と地平線が果てまで連なっている。その地平線近くには泉があるかのような蜃気楼がゆらゆらと光っていた。時に真っ白な地面が現れて、それは塩湖が干上がって出来た塩の原なのであった。その何処までも続く砂漠の原に、蟻のように点々とランナーが続いている。男は、コースを見失うまいと、それには一人にならないことだと言い聞かせていた。苦しくても仲間についていくんだと。

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 永遠に続くかと思われた緊張の一日が、案外あっけなく終わった。ゴールゲートをくぐり抜けると、真っ先に韓国のDong君が駆け寄ってきて、「よく頑張りましたねぇ」と手を差し出した。どうもこの若い男は、義理堅いだけでなく好感の持てる人物のようである。

 この日のレースが終わり、夕食を済ませると、さっきまで湯を沸かしていた現地の黒人達が歌い始めた。女性達の歌声に男達の声が追い重なるように続いて、その懐かしいジャズ風の民謡が、黄昏の砂漠に広がって消えていく。砂漠の一日が終わったのである。

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