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2019年3月 7日 (木)

第十二節 ジュリア

12節 ジュリア

 第三ステージのこの日は42k、その前半は大西洋岸を北に向かって進むのである。海岸沿いの湿った重い砂は、男達の足を一層重くし、歩幅を狭めていく。走るどころか歩くのも大変である。それに幾ら歩けど距離は思うほど伸びないのである。

 そんな重い砂に苦しんでいると、その傍らに同じような一人の女がいた。背の高い一見地味な女であった。男がどこから来たのかと尋ねると、イングランドのジュリアと名乗った。ついでにどんな仕事をしているかと聞くと「ルアー」と答えが返ってきた。よくよく聞きただすと、ケンブリッジ大学の法科を卒業して、弁護士をしているらしい。男は、彼女が何故こんな過酷なレースに挑戦したのか知りたかった。すると彼女は「頭が、可笑しいのかもね」と自分の頭を突いて見せた。

 スケルトン・コースト(骸骨海岸)と呼ばれるその海岸にはアザラシが幾つも群れを作っていて、何体かの死骸も転がっていた。その傍らをジュリアと並んで進んでいくと、何十年前なのかこの海岸で沈んだ舟の残骸が現れた。するとジュリアはそこでパタリと停まり、腰に巻き付けていたスカーフを広げて、写真を撮てくれと言う。良く見るとそのスカーフには、祖父がこの地で難波して沈んだことが記され、その隣に若かりし祖父の写真が印刷されていた。何とジュリアは、80年も前に亡くなった祖父の難破の地を訪ねるために、このレースに参加していたのである。写真を撮りおわると、ジュニアはニコッと笑って「これで、もう気が済んだわ。」と言った。

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 かつての大航海時代、この沖で難破した舟が度々この地に流れ着いた。しかし、その船員達はついにこの砂漠を脱出できずに、全て骸骨になったとされる。体を鍛えて臨んだ砂漠レースは、ジュリアにとって先祖の足跡を訪ねる大切な旅だったのである。

 やがてコースは、東に向きを変え内陸方向に向かう。男はジュリアと離れて一人だった。男の周りはぐるり360度、飛ぶ鳥どころか草木とて何も無い真っ平らな砂漠が続いていた。男が1時間進めば、地平線がその分前に進む。気が狂うほどの同じ景色で、どこかに地平の終わりがあるとしたら、それは人生の終わりの日ではないかと思った。人は誰でも、眠りから覚めれば朝が来ると思って生きている。この砂漠だって、きっとどこかに果てがあるに違いない。

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 この日は、もう日が沈んで薄暗くなりかけた頃、テントに辿り着いた。強い風が吹き付けていた。

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