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2019年4月30日 (火)

自己を本位に

元号というのは不思議な物で、改めて「平成の30年」と言われると、自分自身の30年を考えさせられる。

昭和と平成を画するもの、私にとってそれは平成2年8月のバブル崩壊だと思っている。Img_3048

あれ以降は経済の低迷と共に生き方も代わって、失われたウン十年になった。Img_3050

勿論私のライフスタイルもかなり(人生を見つめ直す意味で)変わって、結果的にラッキーだったと思っている。

イケイケドンドンと浮かれていた昭和の経済成長があって、平成は(物から心などと言われたが)その熟成のために必要だったのだ。Img_3052

その平成の前半二十年は停滞期、後の10年が次の時代を模索する期間だった(と思う)。

そして明日からは「令和」となるが、令和は雨と共に始まる。

つまり、零和であって零から新しい(麗しい)時代が始まるのではないかと感じている。Img_3059

長寿高齢化や発展途上国の台頭も当たり前になって、改めて個々人の生き方を充実させる時代だね。

職業(金儲け)もそれなりに大切だが、それよりももっと自分の人生を充実させるのが大切な時代。

自分ってヤツを見つめながら、自分のために何が出来るかって追求する時代じゃなかろうか。

もっとも隠居の身分の私なぞは、とっくに自己を本位にした毎日なんだが・・・・。

昨夜、小浜から帰りの電車の中で、隣に座っていた女性から「〇〇先生」と呼ばれて驚いた。Img_3060

私は失念していたが以前の職場関係の方で、「年甲斐もなく、道楽三昧で・・」と言うと、

「先生は、何時も若々しいですわよ」と必ずしも世辞ではなくおっしゃる。

かなり気を良くしたのだが、明日からの令和の時代は、歳は関係なく一人一人が輝く時代にしたい物だと思った。

 

 

 

 

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2019年4月29日 (月)

朽木から小浜へ

物の流れは、何時しかその土地ならではの文化を生み出していく。

鯖街道、小浜の港から今出川の市場には、そんな長い歴史の痕跡がある。Img_3046

今朝は7:40、朽木の宿を出発して先ずは朽木陣屋へ、かつて朽木氏の拠点だった所だ。Img_3047

元亀元年、織田信長の朝倉責めの折、信長は浅井長政(信長の妹お市の夫)の裏切りにあって、撤退を余儀なくされる。Img_3051

その撤退の手助けをしたのが朽木氏で、近江脱出の途上一時的に避難した洞なども残されている。Img_3054

そう・・鯖街道は、信長や秀吉が命からがら逃避した道でもあった。

朽木からは榎と水坂の二つの峠があって、その峠を越えて5kほどで熊川宿である。Img_3057

小浜の港から15kほどの所にある熊川宿は、鯖街道の拠点として最も栄えた宿場である。Img_3058

今でも1k程に渡って往時の宿場の面影を残している。Img_3061

ともあれ、小浜港で昼頃に水揚げされた鯖は、幾分の塩をふられて30k超をも背負われて京に向かった。Img_3062

夜を徹して(今日の80k)運ばれて、18時間後には今出川の朝市に掛けられた。Img_3065

荷物の重さと100k近い距離を18時間で運んだことを思うと、私達ランナーでもとても敵わない。Img_3066

その魚の流れが何百年にも渡って続いたのである。Img_3070

もっとも私達は、その鯖街道をあちこち立ち寄って、楽しみながら三日間で踏破した。

とてものこと往時の比ではないが、やはりその土地に立ち入って経験してみないことには分からない何かがある。Img_3071

そう・・、今回も仲間に恵まれて素晴らしい旅が出来たと言う他はない。

 

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2019年4月28日 (日)

途中から朽木へ

昨日は三千院に詣で、更に「途中」まで20Kほど走って、途中の民宿に泊まった。

途中とは鯖街道を辿って京都に入る途中の意味合いらしく、何とも大雑把な名前をつけたものである。

気温は7度くらいで寒かったが、旅は始まったばかりである。

今朝はその途中を7;40には風情ある村並の中を山にむかってImg_20190428_082728 走り出していた。

1時間ほど登ると花折峠に、峠を越えると日本海に向かってずっと下り坂が続くのである。

今日の予定は30Kだが、急ぐことはない。折々に寄り道をしながらの旅である。

土地の造り酒屋に寄ったり鯖寿司を食べたり、かしましい3人との旅はあくことがない。

そして、16時ころ、宿場の面影を残す朽木に着いた。今夜はここの泊まりである。

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2019年4月27日 (土)

京の食文化を支えた道

初めて鯖街道を走ることになった。

言うまでもなく京は内陸にあって、琵琶湖の川魚はともかく、海の幸は若狭湾から運び込む他なかった。

小浜から京に若狭の鯖を背おつて運んだ道、それが鯖街道だ。

今日は、出町柳駅を10時過ぎスタート、ひたすら西に向かった。

新緑の中にシャクナゲが咲き、京都は街道も美しい。

だが、今日の天気は冷たい風と時折の雨だった。Img_20190427_102131

途中、猫猫(にゃんにやん)寺に立ち寄つた。

ユニークな雑貨屋なのだが、そこで猫飯をいただいた。

Img_20190427_114655 Img_20190427_114655 Img_20190427_114655

次いで三千院に立ち寄った。

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2019年4月26日 (金)

しなくっちゃ

これまでを振り返ってみると、あれもこれもそれもやらなくっちゃならないって、ずっと追われてきた。

子供の頃の宿題やら「夏休みの友」に日記、家の手伝い、少し長じては試験勉強かなぁ~。Img_2945

社会人になってからは「ねばならない」が一層増えて、始終追われていたような気がする。

時にはそんな課題が一気に押し寄せて、パニック(消化困難)になったことだってある。Img_2946

現実から逃げ出したくなるのだが、逃げりゃその人間は終わりで、歯を食いしばって切り抜けてきた。

人間という物は案外気丈で、そんなことを繰り返しているうちに、そのキャパシティが増えていく。Img_2948

而して何とか、この凡才でも定年まで耐えられたってことだろうか。

あれからもう12年、その私も次第にスローテンポになって、今では「・・・なきゃ」ってことがほぼ無くなった。Img_2949

何にもせずに、朝からお茶を飲んでいたって良い身分になっている。

なにせ世の中10連休だって騒いでいるけど、テヤンデェ、こちとら365連休のまっただ中だぜ。Img_2950

これぞ悠々自適というのだろうが、何故かかつての追われる毎日が懐かしいのである。

それで毎日(前夜に)、明日やること(主に農作業)をあらかじめ決めることにしている。Img_2951

アレをして、これを済ませて、それから・・・って訳だが、それだって「なきゃ、ならない」って訳でもない。

それで時々全てをほっぽり出して、遠征するのである。

明日からは、京都は今出川駅から、日本海側の小浜に向けての(鯖街道)走り旅に出る。

 

 

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2019年4月25日 (木)

先祖代々

私の生まれた家は、(遙か昔はいざ知らず)先祖代々貧乏百姓であった(多分)。

過去帳が消失していて、その先代は5代位までしか遡ることが出来ない。Img_2952

・・と言うか、自らのルーツ探しが一種の流行だが、既にそれ自体が時代遅れのような気がしている。

93歳になるお袋が、毎朝ご仏前にお経を唱えている。Img_2953

般若心経だが、その最後に「◯❌家代々の栄えあらんことを・・」と唱えて終わる。

確かにそうで、母親の生きた時代は「家」の存続が至上命題だった。Img_2954

だから子が無ければ、離縁される何てことが当然視された時代だ。

家は御仏壇と墓石に象徴されるのだが、これが何時からこんな形になったんだろうか? Img_2955

その昔中世の庶民には墓がなく、供養は木製の卒塔婆であって、これが朽ちれば死者も忘れられた。

方丈記に言う諸行無常の世界である。Img_2957_1

一般庶民が墓を持つ様になったのは江戸の元禄時代以降らしく、万世系の子孫が墓を守る形が生まれた。

近世の私達の祖先は「家の墓」に永遠を求めたと言っても過言ではない。

しかしながら少子化時代の今日、墓終いやら永大供養、それに坊主の後継難がもっぱらの話題だ。

私の近所でも跡継ぎのない世帯が年々増えているし、空き家すら散見されるのである。Img_2958

子供の頃から、家は永遠だし、それを守り継ぐのが長男たる私の役割だと信じてきた。

だけど、そんな数百年来の慣習も平成が転換点だろうし、それが時代の宿命って事だろう。

 

 

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2019年4月24日 (水)

雨の日に

4月も終盤、終日、本格的な春を呼ぶ雨である。

かつて、こんな雨の日には何をして過ごした物かと、かなり困った記憶がある。Img_2959

定年退職から既に12年、而して今ではこうした日の過ごし方も板についている。

先週一杯で今期のほうれん草を終えたことを書いたが、それはブドウが忙しくなるからだ。Img_2960

ブドウ栽培は全て手作業(機械化が全く困難な作物なんだ)で成り立っている。Img_2962

この時期は、芽を出し、枝を伸ばしつつ花房を充実させている。

それで今日も終日ブドウ棚の下に居て、不必要な芽や花房を除去し、枝を誘引していく。Img_2963

その枝には葉の1枚毎に余計な側(芽)枝が伸びてくるから、これも全て摘み取らないとブッシュになってしまう。

一部屋の作業を終えてやれやれと次の部屋に行くと、数日でブドウはドンドン枝を伸ばしている。Img_2964

要するに、この時期はエンドレスな作業が延々と続くのである。

しかも我が家のぶどう園はガラス室の中だから、こんな雨の日は作業環境も快適という訳である。

晴耕雨読と言うから少しは読書でもと思わぬでもないが、この時期は気が急いてならない。Img_2965

昨年は、この連休を前にしてナビブの砂漠マラソンに出かけて15日近く留守にした。

結果として、枝が余分に繁茂して日陰を創り、その為に今年の芽の生長にかなりのダメージを与えてしまった。

残りの人生において、何回彼女らを育てられるのか・・とも思うが、何時かは満足(完璧)を育ててみたいと思う。Img_2966

ブドウを育てて早17年、私もそれだけ歳を取った訳だが、時に劉希夷の紅顔の美少年を口ずさんでみる。

 ・・・・前略・・・・

 今年花落顔色改 (今年 花落ちて 顔色 改まり)

 明年花開復誰在 (明年 花開いて また誰か在る)

 ・・・・中略・・・

 年々歳々花相似 (年々歳々 花 相い似たり)

 歳々年々人不同 (歳々年々 人 同じからず)

 ・・・・後略・・・

 

 

 

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2019年4月23日 (火)

賞味期限

家の神さんは、賞味期限を一日でも過ぎた食材は、一顧もせずに捨ててしまう。

貧乏人の私は「未だ、食べれるじゃん」と思うのだが、近頃では何事もこの賞味期限が肝心らしい。Img_2967

元より新聞の賞味期限は一日だし、カレンダーなら一年だろう(これなら分かる)。

だけど酒や缶詰には、より熟成して旨くなるものもあるらしい。Img_2968

因みに今私が食べているのは、'15.7.07と表示のある防災用カンパン(缶詰)だ。

何の問題も無く、酒のつまみとしていただいている。Img_2969

物事には須く賞味期限があって、酒なら発酵のピークだし、それを過ぎれば酢になっちまう。

それと同様に、法律で縛られている夫婦なんてのにも、当然過ぎるほど期限が有って、Img_2984

痘痕も靨はほんの数年だし、子育てを人並みに終われば夫婦の役割は消滅する。Img_2990

而して熟年離婚が激増らしいが、哀れなのは働きくたびれた男どもだろうか。Img_2991

私もその口だが、労働力としては兎も角、人間としての賞味期限が大事だと思っている。Img_2992

老いてなお燻し銀のように輝きを失わないためには、やはり(金じゃないぞ)人間の中身だ。

今日は保育園の子供達が、柏餅を作るために柏の葉を採りに来た。Img_2993

5月5日はこどもの日、誰が定めたかは知らないが、柏の葉が初々しい季節なのである。

 

 

 

 

 

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2019年4月22日 (月)

桜の時

桜前線は、もう仙台辺りまで北上しているらしいが、今年も思いの他「桜の時」を楽しむことが出来た。

4月7日には駿府城公園で満開の花見の一時を楽しんだし、一昨日の余呉湖の散り際の桜は風情があった。Img_2980

そして昨日は、MIHO MUSEUMで満開のしだれ桜に遭遇したのである。

滋賀県の信楽町山中にある宗教法人の美術館で、設計の意図は桃源郷だという。Img_2981

エントランスから美術館までの上り坂は、桃ならぬしだれ桜の通りになっていて、展示の品々よりもこの花の方に感激した。

さくらの下をくぐり抜けると、胎内の様なトンネルを潜って、やっと美術館の入り口に到る。Img_2982

正に宗教法人でなければ実現できない贅沢な空間と言えるだろう。Img_2983

ともあれ、偶然にも満開に巡り会った僥倖に感謝である。

私達が桜に浮かれるのは、「この時だけ」と言う思いが強いからだろう。Img_2985

四季折々花は多けれど、正真正銘の桜が咲き競うのは、この初春の一時だけなのだ。Img_2987

人間にも春夏秋冬があって、私の春は遙か昔に通り過ぎてしまって、果たしてあれが春だったのかどうか?

女性は兎も角、男の春は実に分かり難い。Img_2988

近頃では10月桜ってのがあって、晩秋になって花を咲かせる。

それはそれ豪華さはないが、桜は桜である。Img_2989

少しばかり時季外れの印象があって目立たないが、この桜を観る度に自分を映してしまう。

俺だって、まだまだ咲いてらい・・・って感じかな。

 

 

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2019年4月21日 (日)

余呉の古戦場

今朝は、痛む体を労りながら賤ヶ岳(421m)に登った。

余呉湖は、柴田勝家が開削した北国街道が近江へと広がる要の位置に聳えている。Img_2972

さほど高くはないが、この地を通らなければ湖南には出られないのである。Img_2970

秀吉は長浜城主だったし、小谷城を長年に渡って攻略していたから、ここの土地勘は抜群である。Img_2971

必然的に賤ヶ岳周辺の山々に砦を築き、雪解けと共に勝家の出てくるのを待っていたのである。

案の定、この地で戦線はにらみ合いの膠着状態になった。Img_2973

その均衡を打ち破ったのは、勝家の甥佐久間盛政の突出と秀吉の美濃の大返し(大垣から52kを五時間)だった。

結果は、前田勝家らの戦線離脱もあって、勝家は北国街道を退却し、秀吉はこれを追った。Img_2975

私自身、こんな余呉湖が狭隘にしている所が何故決戦場になったのか不思議に思っていた。

賤ヶ岳の山頂に立って余呉湖から北を見渡すと、勝家の本拠としていた越前の方向が見渡せる。Img_2976

正に雪深いところで、その雪に勝家が立ち往生している間に、秀吉はすっかり万端の工作をしていたのである。Img_2977

ともあれ、静寂に包まれた美しい湖畔は、余呉湖が赤く染まったという古戦場なのである。

私達が十周した余呉湖は、七本槍は勿論のこと、毛受兄弟や中川清秀らの運命を変えた歴史の地だ。Img_2979

 

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2019年4月20日 (土)

静寂の湖とさくら

静かな静かな余呉湖である。

鏡のような湖面には風もなく、桜花がじっと落ちるのを堪えているかのようだ。Img_2935

その桜の下を、今日は朝から晩まで70k(7k×10周)を走ったのである。Img_2937

もうとっくに桜は散っているだろうと思いきや、かなり残っていて、それも花吹雪を堪えている。Img_2938

桜越しに眺める湖面は何処までも静で、その静けさを愛おしむ気分で走っていた。Img_2941

余呉湖は賤ヶ岳の戦いで知られる古戦場なのだが、ここでそんな凄惨な戦があったとは信じられない。

ゆっくりとスタートしたつもりだったが、5週目辺りからかなり体が重くなって減速していた。Img_2947

どうやら先週(掛川新茶マラソン)の疲れが濃厚に残っているようなんだ。Img_2956

どうも、昔と違って疲労回復のペースが遅くなっているようだ。Img_2961

ともあれ皆さんに励まされ、制限時間一杯の9時間54分(昨年より1時間半も遅い )で完走することが出来た。

不甲斐ないが、先ずは完走を持って納得とした。Img_2930

風呂に浸かった後は恒例の完走パーティで、これも仲間との楽しい一時である。

朝から晩まで、(コテージでの一時を含め)正に一日を楽しむとはこんな日を言うのであろうか。Img_2931

体は随分大変だったけど、心はかなり弾んでいたような。

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2019年4月19日 (金)

新しい一日

朝目が覚めると、毎日新しい一日が始まる。

それはそれで、確かに昨日でも明日でもない新しい一日ではある。Img_2106

だが、その中身が新しいかどうかは、その過ごし方如何なことは言うまでも無い

殊に現役を退いて以降は、その新しさの部分がドンドンと減り続けている。Img_2108

その「日常」の中に少しでも新鮮さをと努力しているのだが、これが中々にして難しい。

例えはば、朝は街頭での立哨のあと息子の家に行って、末っ子の孫を抱いてきた。Img_2110

ほうれん草の収穫(半年間)後の日になったから、その後始末を済ませた。

ブドウは品所毎に順次芽を伸ばしていて、日ごとに新しいステージーと移っていく。Img_2112

来週は、極早生のデラウエアのジベレリン処理をしなければならないだろう。

それに今日は子供達の下校時間に「青パト」で地域をパトロールをし、Img_2929

その後は琵琶湖近くの余呉湖に(ウルトラマラソン)に遠出して出かけるのである。

作家ヘミングウエイは、Every Day Is A New Dayと言ったが、果たして何を持ってNewと言ったのだろうか。

多分、冒険と創作の人だったから、精神世界は空を飛んでいたのかも知れない。Img_2928

それにしてもヘミングウエイにだって、老年期は確実にあったはずだ。

この A New Dayは、永遠に追求すべき課題だな。

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2019年4月18日 (木)

敢えての要素

私は生来意志薄弱というか、弱虫というか、あんまり人と争うのが好きじゃない。

長いものには巻かれろって主義で、だから何時も人の心を忖度するには長けている。Img_2082_2

この忖度は、近年変な文脈で使われることが多くなったが、本来はとても大切なことだと思う。

相手の気持を推し量って、尚且つ自分を分かって貰いたかったら、色々と忖度するよね。Img_2086

つまり人と付き合うには、忖度なしじゃ無理って事さ。

それはそれとして、温厚なこの私だって、忖度だけで生きてきた訳じゃない。Img_2090

振り返ってみれば、敢えてやろうとしてやってきたことが自分を創っているような気がする。

例えば、(人見知りする私が)敢えて人の輪に入ってきたこと、額に汗して働く事を敢えていとわないこと。Img_2097

100kマラソンなどと言う自らの限界に挑戦していること、毎日何某かの本を読むことなどである。

人生は、それは人それそれだが、他人の顔色に右往左往するだけじゃ詰まんない。Img_2101

敢えて何が出来るのかが、その人の個性なんだと思う。Img_2103

ところで近頃では老練になったのか、敢えて忖度しなくっても、融通無碍に意思が通じるようになった。

いやいや、神さんにだけは・・その忖度が通じない(相手が鈍感な)のだが・・・。Img_2105

さても、これから先、敢えて何をやるかを毎日考えている。

 

 

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2019年4月17日 (水)

今日の私よ

今日のこの日で、社会的な役割から全てフリーになった。

この50年間、様々な配役を申し使って、そう・・・かなり無理もしたが、精一杯の演技をしてきた。Img_2712

そうした数々の役割は、自分を成長させてくれたし、まだ観ぬ世界へと導いてもくれた。

全ての役割を終えたと言うことは、男にとって何時死んでも良いと言うことである。Img_2081

正に字の如く今後は余生になったのだが、統計からは男の死亡する確率の最も高いのは87歳であるらしい。

してみると幸か不幸か、まだまだ15年くらいは生きなきゃならないようである。Img_2080

だが私の87歳は如何なる状態か、或いはピンピン・よろよろ・ドタリかも知れない。

先のことは知れないが、健康と自分を愛する気持だけは持ち続けたいと思う。Img_2075

自分を愛すればこそ、他人を愛することが出来るのであり、世界があるのだと思う。

今日は、警察署協議会の(4年間の)最後の会合があり、署長の感謝状を頂いてきた。Img_2074

少し感傷的かも知れないが、この四年間の色々が思い出され、これも人生の1ページかと思った。

ところで「自分を愛する」のは、そう簡単じゃない。Img_2047

普通は「なんで俺は・・」などと悔いの連続が人生であって、自分を愛するには相当の努力が要る。

自分を納得させるだけの生き方をしなければならないからだ。

 

 

 

 

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2019年4月16日 (火)

お楽しみは・・

人は歳と共に「明日こそ、きっと」と言う夢から解放されるのだと言う。

歳と共に諦めというか、叶わぬ夢を見続けるエネルギーがなくなるのかも知れない。Img_2713_1

確かに私も、流石に夢のような願望は懐かなくなったが、逆に着実な願望になった。

そうして、色々と準備万端、確実にそいつをやり遂げていくのである。Img_2776

勿論終わっていく物(役職や立場)も多いから、自分で自分の出番を準備しなきゃならない。Img_2777

この点農場は私の独壇場で、私のマネージメントのままに全てを律している。

遊びはそうはいかないが、紆余曲折もあって、またそれが楽しめる。Img_2781

この直近を考えても、余呉湖70kは楽しみ放題だし、翌週の鯖街道三日間はワクワクしている。

そして5月5日の強右衛門マラソン65kは、歴史のロマンを楽しむ一日になりそうだ。Img_2783

何だか遊ぶために生きているかのようだが、日頃は毎日しっかりと農作業しているのだ。Img_2784

思えば苦節の幼少期を過ごし、50年近く働き続けてきた訳だし、この老年期こそが華だろう。 

既にやるべき事は全てやり終えたし、後は(後代が)勝手にすりゃぁ良い。Img_2787

幾ばくかの蓄えだってあるんだから、私の人生、お楽しみはこれからである。

 

 

 

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2019年4月15日 (月)

歳と共に

古稀だ古稀だと自分自身で驚いてから二年近くなるが、歳を取ったという実感が全くない。

否、全くというのは語弊があって、白髪の数や皺の数ってことなら、それはまぁ~人並みだろう。Img_2739

だが、内実は人が観るほど老いさらばえては居ない訳で、このキャップが年々大きくなっている。

歳と共に成熟度が増して、丸くなったり寛容になると言うが、どうもそんな兆しは見られない。Img_2759

依然として、「今」何が出来るだろうかと、出来ることはないかと耳目をそばだてている。

恐らくは、こんな感じのまま、私は老いていくのに違いないと思ってる。Img_2763

何処まで無理が利くだろうかと挑戦した昨年のナビブ砂漠250k、そして今年のニュージ250kは何れも年代別で世界最高位だった。

だからと言って過信している訳ではないが、歳に関係なく人間はその気力次第だと思うのだ。Img_2767

昨日の掛川マラソンでは、ゴール間際で仲間の山ちゃんが私を抜きに掛かった。

そうはさせじと彼を振り切ってゴールしたのだが、仲間内から「歳を考えろ」とたしなめられた。Img_2772

「もし、万が一があったら困る」と言うのだが、「冗談じゃねぇわい。こちとらまだまだ・・」と啖呵を切るのをぐっと堪えた。

堪えるだけ、幾分かは丸くなったのかも知れないが、それにしても人は見かけじゃないって!

歳と共に当然なことだが、限りなく「今」を生きるようになっている。Img_2774_1

或いは場当たりかも知れないが、今できることをやらなかったら、それは永遠の損失だと思うからだ。

そして、今日もブドウの新芽を追いかけている。

 

 

 

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2019年4月14日 (日)

数字に背中を押され

今日は随分久しぶりの掛川マラソンだが、改めてつま恋スタートの大会は、桜もあって美しいと感じた。

しかし、先週の日本平マラソンの余勢を駆って、今回も快走をと 甘く考えていたのがいけなかった?

やはりフルは最初の10kを、相当慎重に抑えて走るべきなのだ。Img_20190414_144211

最初から飛ばしたから、20kを過ぎてからはかなりキツくなった。

それでも我慢のランが続いて、今回は1K毎の表示に助けられたと言うべきだろうか。

5kや10kでは「もう、こんなに来たか」と考えるし、14kでは「これで1/3だ」と思う。

21kでは「もう、半分だぜ」って納得させるし、半分を過ぎれば1kまた1kと縮めてゆくだけだ。

そして結果は、4時間53分、2223位/4347人だった。

後半に坂が多いとは言え、何ともふがいない結果に終わってしまったのである。Img_20190414_144312

ところで走りながら何を考えていたかというと、近頃はあんまりジタバタしなくなったって事。

私は気が小さいから、何時も修羅場に出っくわすとオドオド・ジタバタってパターンの日々だった。

それで「望むらくはドーンと構えていたい。どんなに苦しくっても、涼しげに笑ってたい」と思ってきた。

それが少しずつ身についてきたというか、走る時は背筋を伸ばしてすっすと後ずさりなんてしないしね。

後半は開き直って、腹を据え「これが俺だっ」って気持で走っていた。

まぁ~、久しぶりの掛川マラソン、結果は兎も角それなりに楽しませて貰いましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

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2019年4月13日 (土)

はじめて

新入学であれ初会合であれ、或いは初めての稔りや出会いは、新鮮な緊張に溢れていて好きだ。

人との出会いもそうだが、ブドウを最初に育てた時にはおっかなびっくりの毎日だった。Img_2788

摘芽や花房整理、誘引や剪定などの初体験を経て、今では彼女たちとの付き合いも慣れっこになっている。

早生のデラウエアは既に花芽を充実させているし、晩生は徐々に芽を膨らませつつある。Img_2790

キュウリやインゲンもすくすくと育っているし、ダイコンだって順調だ。Img_2792

何れも今年初めての作物(の芽生え)で、それぞれ春の実感を味わいつつ、思いを込めて慈しんでいる。

ところで・・・年々歳々この「はじめて」と言うこと(事象)が減っていく。Img_2793

70年以上も生きているんだから当たり前のことだが、それはとっても残念なことでもある。

だから異図して、はじめて(ここへ行ったとか、これをやり遂げたとか)を創ろうとしている。Img_2796

マラソン大会だって例年通りの大会もよいが、(prefer)初めてのコースは別格である。

だって初めての中には不確実性が濃厚にあって、その不確かさを愛でるのも醍醐味だからさ。Img_2798

マーガレット・ドラブル(英国)のWhen nothing  is sure,everthing  is  possible.だろう。

確かに「はじめて」の中には、ワクワクする様な可能性が満ちている。Img_2801

今この瞬間を逃したら、同じ出会いは二度と無いかも知れないという緊迫感と言うべきか。

そんな「はじめて」を追い求めるのが、実は人生というヤツかも知れない。

 

 

 

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2019年4月12日 (金)

いつか、きっと

満たされない時代に育ったからかも知れないが、私には「何時か、きっと○○」が多かった。

あれもしたい、これもしたい、だけど今は出来ないから何時かは実現したいってことだ。Img_2803

夢なのか願望なのか、淡い思いなのか・・・確かに夢多き青少年時代だった。

その思いがどれ位実現したのかって・・実は自分でも分からないが、或いは7割くらいは実現したのかも知れない。Img_2806

私の育った時代は、昼ドラのなっちゃんとほぼ同じで、両親は健在だったが何にも(着るものも食べるものも)無かった。

子供には時代の変化なんて分からなかったし、第一自分の居る位置が分からなかった。Img_2808

やっと世間が見渡せるようになったのは、就職してから(かなりの晩成)だった。

だけど、どんなに思い描こうと、そもそも人生なんて思い通りになるもんじゃない。Img_2809

何時の間にか妥協に妥協を繰り返し、今日に到ったという次第である。Img_2817

そして今、「いつか、きっと」から「今直ぐやらなきゃ」と言う年頃になってしまった。

時間もタップリ有って、その気になれば何でも出来そうだが、その分無数にあったはずの「○○」が減っちゃった。Img_2823

歳と共に自ずと妥協点が低くなっているのかも知れないが、これではじり貧である。

ともあれホウレン草の収穫も残り数日で終わって、ブドウの養生へと移っていく。Img_2825

収穫を名残惜しみながら、かつての「いつか、きっと」の時代を思い出そうとしていた。

風と共に去ったのは、きっとあの頃の思いなのである。

 

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2019年4月11日 (木)

言葉の妙

聖書に「初めに言葉ありき」とあるように、人間は言葉の動物だ。

その人の人品は、どんな言葉をどんな風に使うかで、全て見通すことが出来るだろう。Img_2896

軽薄の最たるものだが自分の自慢をしたがる増上慢、他人の悪口をもっぱらとする口悪人間、

実はねぇ~とナンショ話が好きな人、それにやたら捨て台詞ってのも、やはり品性に問題がありだ。Img_2902

それに最近流行の放言癖ってのも、やはりその人の知性を疑わせることになる。

桜田某大臣も本当は「復興は最も大事だが、それを進めるには某さんがいてこそだ。」って言いたかったんでしょ。Img_2921

それをつづめて「復興よりも、某さんが大事」って言っちゃった。

気持は分かるが、この社会の常識として、口に出しちゃならないことが沢山ある。Img_2922

それは人間関係の基礎だし、自分の気持をどう表現するかは、人間力そのものだと思う。

かく言う私も「あぁ~、あんなこと言わなきゃ良かった。」ってことが何度もあって、Img_2923

その度に言葉の恐ろしさにたじろいだし、夜中にうなされたことすらあった。

私達はずっと言葉を学んできた訳だが、その使い方の妙は中々にして難しい。

それを(如何に生かすか)模索しながら、毎日生活してるんじゃなかろうか。

今日は、保育園の子供達がブドウの成長を見物にやってきた。Img_2924

まだまだ言葉は未熟で、(ブドウを)食べることに興味はあっても、その成長過程なんて関心は無い。

それが成長と共に、何時の間にか「あぁ、そうなんだ」ってなっていく。

人間関係ってのは、本当のところは言葉にしなきゃ分からないんだよね。

 

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2019年4月10日 (水)

人って何だろう

70年以上生きてきて、やっぱり面白いのは人だし、難しいのも嬉しいのも人だなぁ~と思う。

凄い人、近寄りがたい人、駄目な人、真面目だけど取り柄の無い人、ずる賢い人、卑怯な人、そう・・・色々な人がいた。Img_2903

色々な人がいるからこそ、悲喜こもごもアクセントのある面白い時間を過ごすことが出来た。

その中で私なぞは、粗にして、しかも野(田舎育ちの)の男を通して生きてきた。Img_2905

誰から尊敬される訳でもなく、神さんからさえ見下される存在なのだが、それでも自分なりの誇りを持って生きている。

確かにこの時代、人物と評される人は少ない。Img_2906

人物とは、知れば知るほど魅力を感じる人のことだ。

「身軽足軽、人を創らず」(雪齋禅師)の言葉通り、今の時代は人を創らないのである。Img_2910

私も含め凡才も鈍才も、我こそはと慢心しながら生きていける、それはそれは良い時代なのである。

如何ほどの人生観も持たなくても、自我のままに振る舞っても生きて行ける。Img_2912

この時代を象徴するのが「気楽」って言葉で、自分だけの楽しみに生きるのが流行だろう。Img_2913

自分の価値観こそが最高だと誰もが思っていて、それを疑うことのないのが今日だ。

それはそれで幸せ(?)なのだが、やはりそれでは人は育たない。Img_2917

それはともあれ、人物は少なく(みんな小粒に)なったが、それなりに面白い時代かも知れない。

私もその一人で、こんな時代だからこそ、人並みに人生を謳歌できているのだと思う。

それにしても、身勝手な人が増えたよね。

 

 

 

 

 

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2019年4月 9日 (火)

三日坊主と好奇心

自分は三日坊主だって、ずうっと思ってきた。

夏休みの友は毎日3ページやって、日記は毎日書いて・・などと終業式の日には決意するのだが、Img_2844_1

それは4日目にはすっかり忘れてしまうのが私で、休みが終わる頃には何時も自己嫌悪に陥っていた。

釣りや鳩、無線やキャンプ、音楽や英会話などと品は変われども、何時の間にか私の物ではなくなっていた。Img_2845

思えば、飽きっぽくて駄目な自分を散々味わってきたのである。

しかし、何時の頃からか、コツコツこそが自分の信条だと思えるようになった。Img_2846_1

それに「三日坊主だからこそ、あちらこちらに興味を持って、薮鉄砲を撃つことが出来る。

そもそも三日坊主とは、(人生を豊かにする)好奇心の別名じゃないかとすら思うようになった。Img_2859

私の友人に、思い立ったら(何ら躊躇無く)即刻行動に移す人がいる。Img_2893

その決断は、私なら清水の舞台から飛び降りるようなことでも、驚くほどいとも簡単に行動に移すのである。

その心は、「やってみなきゃ、分からないでしょ」「人生は一度っきりだし」ってことらしい。Img_2894

駄目なら撤退すりゃ良い訳で、それが出来る思い切りの良さに敬服している。

思い返してみれば、私も数々のそう・・無数の三日坊主を積み上げて、お陰で今日に到っている。Img_2898

三日坊主万歳で、どんどん好きなことをやって、駄目なら三日で止めりゃ良い。

だけど今日の私は、無駄の積み重ねの中で陶冶されたことしかやっていない。Img_2899

いやさ、その中で今日もコツコツと続けている物こそ、私の人生の柱なのである。

この70年あまりを費やして、自分とは何か(人生の柱)が見えてきたと思っている。

 

 

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2019年4月 8日 (月)

春と共に

春と共に始まるもの、それは新入社と新入学に象徴されるが、今日は高校の入学式に隣席してきた。

式は緊張の中で滞りなく進み、新入生誓いの言葉の中に「良い習慣を身につけていきたい」って言葉があった。Img_2918

「そうだよなぁ~習慣こそが人生を決めるんだよな」と改めて思い直した。

私達は誰もが習い性とした物を身に着けているが、その習慣こそが自分自身と言っても良い。Img_2919

当然ながら優れた人は優れた習慣を身につけているし、間抜けた人は間の抜けた習慣を身につけている。Img_2920

習慣とは日常の繰り返しによって身についたものだから、つまりはその人間の「生き方」とも言える。

どんな習慣を自分のものにするかによって、その人間の人生が決定していくことになる。Img_2740_2

私は40歳を過ぎて、それまでの惰性的な習慣を脱して、数年を要して生きる形を変えたと思っている。

自堕落な習慣と決別するにはかなりの努力が要ったが、そもそも努力とは続けることでもある。Img_2765

習慣そのものがその人を表すのだから、それを変えるのは大変なことだが、やって出来ないことじゃない。Img_2766

仮に私が高校生の頃、習慣こそが人生を決めるって知っていたら、・・・などと考えても時既に遅しだ。

今日入学した283名のうち、そのことに気付いた人が、そしてそれを実践する人が何人居るだろうか。Img_2773

慣れ親しんだ習慣を変えるには、敢えてこれぞと思う新たな習慣を身につけるしかない。

例えばそれは本を読む、挨拶をする、運動(体を動かす)する、書き留める、人を求める、人真似をしないなどだ。Img_2779

そんな簡単なことを繰り返すことによって、やがて何時の間にか自分の習慣になっていく。

やがてそんな積み重ねが、自分流を形作るのである。

人生って、後になってみりゃぁ簡単なんだよなぁ~。

 

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春と共に

春と共に始まるもの、それは新入社と新入学に象徴されるが、今日は高校の入学式に隣席してきた。

式は緊張の中で滞りなく進み、新入生誓いの言葉の中に「良い習慣を身につけていきたい」って言葉があった。Img_2918

「そうだよなぁ~習慣こそが人生を決めるんだよな」と改めて思い直した。

私達は誰もが習い性とした物を身に着けているが、その習慣こそが自分自身と言っても良い。Img_2919

当然ながら優れた人は優れた習慣を身につけているし、間抜けた人は間の抜けた習慣を身につけている。Img_2920

習慣とは日常の繰り返しによって身についたものだから、つまりはその人間の「生き方」とも言える。

どんな習慣を自分のものにするかによって、その人間の人生が決定していくことになる。Img_2740_2

私は40歳を過ぎて、それまでの惰性的な習慣を脱して、数年を要して生きる形を変えたと思っている。

自堕落な習慣と決別するにはかなりの努力が要ったが、そもそも努力とは続けることでもある。Img_2765

習慣そのものがその人を表すのだから、それを変えるのは大変なことだが、やって出来ないことじゃない。Img_2766

仮に私が高校生の頃、習慣こそが人生を決めるって知っていたら、・・・などと考えても時既に遅しだ。

今日入学した283名のうち、そのことに気付いた人が、そしてそれを実践する人が何人居るだろうか。Img_2773

慣れ親しんだ習慣を変えるには、敢えてこれぞと思う新たな習慣を身につけるしかない。

例えばそれは本を読む、挨拶をする、運動(体を動かす)する、書き留める、人を求める、人真似をしないなどだ。Img_2779

そんな簡単なことを繰り返すことによって、やがて何時の間にか自分の習慣になっていく。

やがてそんな積み重ねが、自分流を形作るのである。

人生って、後になってみりゃぁ簡単なんだよなぁ~。

 

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春と共に

春と共に始まるもの、それは新入社と新入学に象徴されるが、今日は高校の入学式に隣席してきた。

式は緊張の中で滞りなく進み、新入生誓いの言葉の中に「良い習慣を身につけていきたい」って言葉があった。Img_2918

「そうだよなぁ~習慣こそが人生を決めるんだよな」と改めて思い直した。

私達は誰もが習い性とした物を身に着けているが、その習慣こそが自分自身と言っても良い。Img_2919

当然ながら優れた人は優れた習慣を身につけているし、間抜けた人は間の抜けた習慣を身につけている。Img_2920

習慣とは日常の繰り返しによって身についたものだから、つまりはその人間の「生き方」とも言える。

どんな習慣を自分のものにするかによって、その人間の人生が決定していくことになる。Img_2740_2

私は40歳を過ぎて、それまでの惰性的な習慣を脱して、数年を要して生きる形を変えたと思っている。

自堕落な習慣と決別するにはかなりの努力が要ったが、そもそも努力とは続けることでもある。Img_2765

習慣そのものがその人を表すのだから、それを変えるのは大変なことだが、やって出来ないことじゃない。Img_2766

仮に私が高校生の頃、習慣こそが人生を決めるって知っていたら、・・・などと考えても時既に遅しだ。

今日入学した283名のうち、そのことに気付いた人が、そしてそれを実践する人が何人居るだろうか。Img_2773

慣れ親しんだ習慣を変えるには、敢えてこれぞと思う新たな習慣を身につけるしかない。

例えばそれは本を読む、挨拶をする、運動(体を動かす)する、書き留める、人を求める、人真似をしないなどだ。Img_2779

そんな簡単なことを繰り返すことによって、やがて何時の間にか自分の習慣になっていく。

やがてそんな積み重ねが、自分流を形作るのである。

人生って、後になってみりゃぁ簡単なんだよなぁ~。

 

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春と共に

春と共に始まるもの、それは新入社と新入学に象徴されるが、今日は高校の入学式に隣席してきた。

式は緊張の中で滞りなく進み、新入生誓いの言葉の中に「良い習慣を身につけていきたい」って言葉があった。Img_2918

「そうだよなぁ~習慣こそが人生を決めるんだよな」と改めて思い直した。

私達は誰もが習い性とした物を身に着けているが、その習慣こそが自分自身と言っても良い。Img_2919

当然ながら優れた人は優れた習慣を身につけているし、間抜けた人は間の抜けた習慣を身につけている。Img_2920

習慣とは日常の繰り返しによって身についたものだから、つまりはその人間の「生き方」とも言える。

どんな習慣を自分のものにするかによって、その人間の人生が決定していくことになる。Img_2740_2

私は40歳を過ぎて、それまでの惰性的な習慣を脱して、数年を要して生きる形を変えたと思っている。

自堕落な習慣と決別するにはかなりの努力が要ったが、そもそも努力とは続けることでもある。Img_2765

習慣そのものがその人を表すのだから、それを変えるのは大変なことだが、やって出来ないことじゃない。Img_2766

仮に私が高校生の頃、習慣こそが人生を決めるって知っていたら、・・・などと考えても時既に遅しだ。

今日入学した283名のうち、そのことに気付いた人が、そしてそれを実践する人が何人居るだろうか。Img_2773

慣れ親しんだ習慣を変えるには、敢えてこれぞと思う新たな習慣を身につけるしかない。

例えばそれは本を読む、挨拶をする、運動(体を動かす)する、書き留める、人を求める、人真似をしないなどだ。Img_2779

そんな簡単なことを繰り返すことによって、やがて何時の間にか自分の習慣になっていく。

やがてそんな積み重ねが、自分流を形作るのである。

人生って、後になってみりゃぁ簡単なんだよなぁ~。

 

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春と共に

春と共に始まるもの、それは新入社と新入学に象徴されるが、今日は高校の入学式に隣席してきた。

式は緊張の中で滞りなく進み、新入生誓いの言葉の中に「良い習慣を身につけていきたい」って言葉があった。Img_2918

「そうだよなぁ~習慣こそが人生を決めるんだよな」と改めて思い直した。

私達は誰もが習い性とした物を身に着けているが、その習慣こそが自分自身と言っても良い。Img_2919

当然ながら優れた人は優れた習慣を身につけているし、間抜けた人は間の抜けた習慣を身につけている。Img_2920

習慣とは日常の繰り返しによって身についたものだから、つまりはその人間の「生き方」とも言える。

どんな習慣を自分のものにするかによって、その人間の人生が決定していくことになる。Img_2740_2

私は40歳を過ぎて、それまでの惰性的な習慣を脱して、数年を要して生きる形を変えたと思っている。

自堕落な習慣と決別するにはかなりの努力が要ったが、そもそも努力とは続けることでもある。Img_2765

習慣そのものがその人を表すのだから、それを変えるのは大変なことだが、やって出来ないことじゃない。Img_2766

仮に私が高校生の頃、習慣こそが人生を決めるって知っていたら、・・・などと考えても時既に遅しだ。

今日入学した283名のうち、そのことに気付いた人が、そしてそれを実践する人が何人居るだろうか。Img_2773

慣れ親しんだ習慣を変えるには、敢えてこれぞと思う新たな習慣を身につけるしかない。

例えばそれは本を読む、挨拶をする、運動(体を動かす)する、書き留める、人を求める、人真似をしないなどだ。Img_2779

そんな簡単なことを繰り返すことによって、やがて何時の間にか自分の習慣になっていく。

やがてそんな積み重ねが、自分流を形作るのである。

人生って、後になってみりゃぁ簡単なんだよなぁ~。

 

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2019年4月 7日 (日)

70過ぎのジジイが

今日は、日本平桜マラソン22.8kを走ってきた。

予想外に桜は満開を迎えていて、名実ともに桜マラソンになった。Img_2897

このところの不調(房総75k)の不安があったが、不思議なほど快調な走りになった。Img_2900

スタートして一気に307mの山頂まで駆け登る、この間はほぼk6分ペースを保っていた。

山頂からりの下りは、多分k4分位のペースだったろう。Img_2901

15kの関門では、6分ペースを8分ほど余裕を残していた。

春霞が掛かっていたとは言え桜は満開で、気持も幾分上気していたのかも知れない。Img_2904

結果は2時間12分のゴール、総合順位1127/2660、種目順位(60歳以上)76/213だった。Img_2907

まぁ~、70過ぎのジジイの成績にしては、上出来と言うべきだろう。

走り終わって静岡市中に入ると、それはもう大変な人出(静岡祭り)で、敢えて人混みの駿府公園に向かった。Img_2908

目的は桜で、桜吹雪の下には、これまだ驚くような人の群れだった。

桜は不思議なもので、この下に入ると誰もがウキウキとしてしまう。Img_2911

こんなにも沢山の人達と花見できるのも、快調に走った桜マラソンのお陰である。Img_2914

静岡祭りは大御所花見行列に始まって、夜桜乱舞へと続くのだが、私は暫し桜に酔っていた。Img_2915

来年も・・・さてこそ、残り何年この桜を観られるだろうかと考えると、一層感慨は深くなる。

だって、この駿府公園の桜は、三十代の頃からずっと観てきたんだから。Img_2916

とは言え、年々桜が愛おしくなるのは、何故だろうか。

 

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2019年4月 6日 (土)

質素で堅実

私は呑百姓の、コツコツと田を耕す両親の子として生まれた。

祖父母が早く死んでいたから、父や母は家を守るために毎日必死で働いていた。Img_2789

長男として生まれた私は、早く(7~8歳)からその労働力の一翼に加えられていた。Img_2791

今にして思うとえぇ~と思うが、幼い子供がへっついでご飯を炊いたり、風呂を沸かしたりしていたのだ。

父が復員して生まれた子供で、暮らしは貧しかったが質素で堅実な家庭に育った。Img_2794

父も母も懸命に働いていたし、私もその背中を追って常に堅実を追いかけてきたような気がする。

田んぼの中の何の変哲も無い田舎に産まれたが、時代の趨勢に乗って大学まで行くことが出来た。Img_2800

勿論周りに豊かな暮らしをしている子供も居たが、それを羨ましいなんて思ったことはない。

その後、そのど田舎から世間に出て、様々な経歴を経ることになったが、原点は何時もこの田舎の暮らしだった。Img_2834_1

運命を命が動くと書くように、自らの立脚点を見極めて、そこから自身の人生を切り開くことだ。

誠実な両親の元に産まれ、幼い頃から様々な仕事(手伝い)が出来たお陰で、今日の私がある。

確かに「他所の子は遊んでるのに・・」と思ったこともあるだろうが、あれは私の貴重な財産だ。Img_2848

今日はほうれん草を収穫し、ナスにトマト、ピーマンにキュウリを定植した。

作物を育てることがこんなに楽しいのは、60年以上前のあの辛い経験があるからだ。Img_2857

人生とは、自分に与えられた宿命を認識し、その上で自らの運命を切り開くことである。

そう言う意味で、欲を言えば切りが無いが、我が人生に悔いは無いと思っている。

 

 

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2019年4月 5日 (金)

言葉に生きる

清々しい春の風の吹き渡る中、新小学生・中学生が初々しく登校していく。

そう、今日から新学期が始まって、私の13年目の街頭立哨も始まったのである。Img_2892

子供達に向かって「お早うございます」と呼びかけて、どんな反応が返ってくるのか。Img_2860

それは、その子の生長の程度を如実に反映する事象でもある。Img_2861

人が物事を考えられるのは、それは言葉があるからだ。

聖書には「言葉は神であった」と書かれているが、確かに言葉がなければ、人間もただの動物になってしまう。Img_2862

私達は言葉によって考えることを学び、そのことによって人間らしさを創ってきた。

考えるとは、頭の中で言葉が操作されることであって、その言葉の量と質によって、思考の内容も決まってくる。Img_2863

感情も本能に基づいて産まれるが、その表現は言葉の制約によって自ずと違ってくる。

ちょっと理屈っぽくなったが、その人間の領域は言葉によって決まると言っても過言ではない。Img_2865

小学校からの英語が話題になっているが、先ずは日本語の範囲を精一杯広げることだ。Img_2866

今日は8人の新一年生が、上級生に手を引かれて、初めての登校をしていった。Img_2867

それは子供達にとっては、大人の初めての出社にも比肩する緊張事なのだろう。

「お早う」先ずは、そこから始まる言葉を愛する人になって欲しいと思う。Img_2892

人は、実は言葉によって出来るのである。

 

 

 

 

 

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2019年4月 4日 (木)

飛躍の時

第71回目の地元中学校の入学式に行ってきた。

私が中学生だった頃は生徒は400人余だったが、今年の新入生はたったの134人である。Img_2886

まだまだ小学生の様な子や大人びた子供など、無理もないが正に凸凹の景色である。

中学はムシならば脱皮の頃に相当すると言っても良く、自我が芽生える飛躍の時なのだ。Img_2887

私も自分自身を意識し始めたのは中学の頃で、確かに人生の大きなターンニングポイントだった。

私達は朝起きて顔を洗って・・・そう言う日常を生きていて、それはそれで生活習慣として大切なことだ。Img_2888

だけど私達は、自らの飛躍(自分の人生を築く)のために、その日常を何時かは打破して行かなきゃならない。

昔から私達には節目節目にそうした機会が与えられていて、その機をどう上手く捕らえるかで人生は変わってくる。Img_2889

自分のそれまでの日常を飛躍させて、新たに日常に如何に転換できるかである。

思えば私の日常を大きく変えたのは、大学に入った時、就職した時、40歳過ぎて生き方を変えた時、そして退職した時だ。Img_2890

特に退職に際しては、人生の退職にならないように、相当前からあれこれ準備していた。

今日にして砂漠やグレイトレースに挑戦できるのも、あの退職時の日常を上手く打破したからだと思っている。

日常に沈殿して生きるのは或いは容易いが、決して面白い人生とは言えない。Img_2891

たった一度だけの人生を生きるんだから、飛躍して、常に飛躍して新たな境地を目指したい。

新中学生の顔を眺めながら、誰かのために志という力を育てて欲しいと念じていた。

 

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2019年4月 3日 (水)

遙かなる志

明治の札幌農学校を去るに当たって、クラークは「Boys, be ambitious!.(少年よ大志を抱け)」と言った。

文明開化を経て近代国家へと変わりつつある時代、志こそが自分と社会を結びつけると多くの人が考えたに違いない。Img_2731

私もクラークのその言葉は知っていたし、大いに「志」に憧れてさえいた。

だけどドジなことに、その志とは何かを考えること無く今日まで来てしまっている。Img_2732

若い頃から、早く一人前になろうとか、出世して苛めた奴らを見返してやろう、誰よりも仕事の出来る男に、Img_2733

家族に不自由はさせないなどと、色々と思い描いてきたけれど、それは単に欲望の一種に過ぎなかった。

確かに志とは、何事かを成し遂げる強固な決意の継続だろう。Img_2735

その「何事か」が肝心なのだが、自分の命よりも大切な何かがかつて存在しただろうか。Img_2736

振り返るまでもなく、そんな何かが胸中に存在したことは無いのである。Img_2737_1

つまり、自己保身に汲々として、欲望だけは次々と達成したが、ただただ懸命に生きてきたに過ぎないのである。

内田裕也と言う男の生き方が話題になっている。Img_2762

特別のヒットがあった訳では無いが、ロック一途に一生を捧げた男である。

「人の一生は、その人にとって一番大切な事柄を、一つ行うためにある」それが志だ。

そう言われてしまうと愕然とせざるを得ないが、それは人生のテーマにも通じる。Img_2771

このところの数年、人生とは何かを考えてきているのだが、さて・・・あなたの志は如何。

志とは、「自分よりも大切な価値」である。

 

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2019年4月 2日 (火)

便利な時代だけど

今日の私達は、移動にしろ居住にしろ、食べることだって誠に便利さを享受している。

瞬時に外国に行くことだって出来るし、何時だって温かなご飯を口に出来るし、風呂にだって入られる。Img_2868

私が子供の頃は、裏の井戸からバケツで水を運び、薪をくべて風呂を沸かした。

ご飯はへっついで藁をくべて炊いたし、何処に行くのも自転車だった。Img_2870

学校から帰ると、この風呂を沸かすことと、ご飯を炊くこと、それに山羊に餌をやるのが私の仕事だった。Img_2871

思えば、私が最初に自分の存在理由を自覚できたのは、この親の手伝い(手助け)であった。

しかしながらこの100年ほどの間に、私達の生活は様変わりと言える程に便利になってしまった。Img_2872

そして、その便利さの故に、かつての子供の役割りの多くが失われてしまった。

便利さの全てが、当たり前になったのである。Img_2873

然るに今、私がやっていることは、何故か不便を楽しむことである。Img_2876

マラニックと称してリュックを背負って走ったり、サバイバルレースに参加したり、畑を耕したりである。

このところ、朝起きるとブドウ園を見回って、発芽の具合を点検しつつ、摘芽をするのが日課だ。Img_2877

ブドウ栽培は正にアナログで、全てが手作業なのである。

世の中がどれだけ便利になっても、やはり人の力が目に見える所に生き甲斐がある。Img_2879

そう手作業で、今日も30袋のほうれん草を収穫した。

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2019年4月 1日 (月)

令月なりて

今日は山(ランニング)の帰りに、早くもワラビを採ってきた。

今夜は、早速春一番の命を頂こうと思っている。Img_2828

帰宅すると新しい元号の発表があって、万葉の「初春の令月にして 気淑く風和らぎ・・」から採ったと言う、けだし名言である。Img_2830

令月とは、何事を始めるにしても良い時期(頃合い)のことらしい。

そう・・私も、人参やインゲン、根深やキュウリなどを蒔いて、今年の野菜の豊作なれと祈念している。Img_2832

ところで今日は、人間の「人格」について考えている。

人格とは、簡単に言えばその人の価値ってことになる。Img_2833

私達は、これまで長いこと学業や仕事を通じて、その人格を高らしめるために営々と努力を重ねてきた。Img_2834

人格は、自分の位置を自覚し、自分の社会的役割を知ることに他ならない。

人格を多少とも有する人は、誰もがそうやって自分の位置と役割を知りつつ、目標を目指すんだ。Img_2835

そもそも、信頼関係や愛情、友情、喜びも悲しみも、人格があってこその話なんだと思う。

時として、甘えの関係や感情と感情の関係、慰め合うだけの関係などがあるが、それは人格を欠いているからだろう。Img_2840

この時代、自分自身を客観的に観るのは、(甘えて育っているから)そう簡単では無いのである。

そうして感情で生きる人間には人格は育たず、個性は人格にのみ宿るのである。Img_2842

人格をその時の感情で軽く観る人が居るとすれば、発展的な目的を持たない人でしかない。

人格に根ざした思いやりや気遣いが、孔子の言う「恕(じょ)」である。

 

 

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