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2019年4月 2日 (火)

便利な時代だけど

今日の私達は、移動にしろ居住にしろ、食べることだって誠に便利さを享受している。

瞬時に外国に行くことだって出来るし、何時だって温かなご飯を口に出来るし、風呂にだって入られる。Img_2868

私が子供の頃は、裏の井戸からバケツで水を運び、薪をくべて風呂を沸かした。

ご飯はへっついで藁をくべて炊いたし、何処に行くのも自転車だった。Img_2870

学校から帰ると、この風呂を沸かすことと、ご飯を炊くこと、それに山羊に餌をやるのが私の仕事だった。Img_2871

思えば、私が最初に自分の存在理由を自覚できたのは、この親の手伝い(手助け)であった。

しかしながらこの100年ほどの間に、私達の生活は様変わりと言える程に便利になってしまった。Img_2872

そして、その便利さの故に、かつての子供の役割りの多くが失われてしまった。

便利さの全てが、当たり前になったのである。Img_2873

然るに今、私がやっていることは、何故か不便を楽しむことである。Img_2876

マラニックと称してリュックを背負って走ったり、サバイバルレースに参加したり、畑を耕したりである。

このところ、朝起きるとブドウ園を見回って、発芽の具合を点検しつつ、摘芽をするのが日課だ。Img_2877

ブドウ栽培は正にアナログで、全てが手作業なのである。

世の中がどれだけ便利になっても、やはり人の力が目に見える所に生き甲斐がある。Img_2879

そう手作業で、今日も30袋のほうれん草を収穫した。

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