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2019年4月13日 (土)

はじめて

新入学であれ初会合であれ、或いは初めての稔りや出会いは、新鮮な緊張に溢れていて好きだ。

人との出会いもそうだが、ブドウを最初に育てた時にはおっかなびっくりの毎日だった。Img_2788

摘芽や花房整理、誘引や剪定などの初体験を経て、今では彼女たちとの付き合いも慣れっこになっている。

早生のデラウエアは既に花芽を充実させているし、晩生は徐々に芽を膨らませつつある。Img_2790

キュウリやインゲンもすくすくと育っているし、ダイコンだって順調だ。Img_2792

何れも今年初めての作物(の芽生え)で、それぞれ春の実感を味わいつつ、思いを込めて慈しんでいる。

ところで・・・年々歳々この「はじめて」と言うこと(事象)が減っていく。Img_2793

70年以上も生きているんだから当たり前のことだが、それはとっても残念なことでもある。

だから異図して、はじめて(ここへ行ったとか、これをやり遂げたとか)を創ろうとしている。Img_2796

マラソン大会だって例年通りの大会もよいが、(prefer)初めてのコースは別格である。

だって初めての中には不確実性が濃厚にあって、その不確かさを愛でるのも醍醐味だからさ。Img_2798

マーガレット・ドラブル(英国)のWhen nothing  is sure,everthing  is  possible.だろう。

確かに「はじめて」の中には、ワクワクする様な可能性が満ちている。Img_2801

今この瞬間を逃したら、同じ出会いは二度と無いかも知れないという緊迫感と言うべきか。

そんな「はじめて」を追い求めるのが、実は人生というヤツかも知れない。

 

 

 

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