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2019年4月 5日 (金)

言葉に生きる

清々しい春の風の吹き渡る中、新小学生・中学生が初々しく登校していく。

そう、今日から新学期が始まって、私の13年目の街頭立哨も始まったのである。Img_2892

子供達に向かって「お早うございます」と呼びかけて、どんな反応が返ってくるのか。Img_2860

それは、その子の生長の程度を如実に反映する事象でもある。Img_2861

人が物事を考えられるのは、それは言葉があるからだ。

聖書には「言葉は神であった」と書かれているが、確かに言葉がなければ、人間もただの動物になってしまう。Img_2862

私達は言葉によって考えることを学び、そのことによって人間らしさを創ってきた。

考えるとは、頭の中で言葉が操作されることであって、その言葉の量と質によって、思考の内容も決まってくる。Img_2863

感情も本能に基づいて産まれるが、その表現は言葉の制約によって自ずと違ってくる。

ちょっと理屈っぽくなったが、その人間の領域は言葉によって決まると言っても過言ではない。Img_2865

小学校からの英語が話題になっているが、先ずは日本語の範囲を精一杯広げることだ。Img_2866

今日は8人の新一年生が、上級生に手を引かれて、初めての登校をしていった。Img_2867

それは子供達にとっては、大人の初めての出社にも比肩する緊張事なのだろう。

「お早う」先ずは、そこから始まる言葉を愛する人になって欲しいと思う。Img_2892

人は、実は言葉によって出来るのである。

 

 

 

 

 

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