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2019年5月16日 (木)

人生五十年?

かつて(つい最近まで)人生五十年と言われた。

それが俄に人生100年時代と言うんだから、制度(年金)も心の準備もついていかないのが当然だ。Img_2113

現実に70歳の平均余命をみても、男15.6年女19.9年となっていて、

その余命も一年に0.4年ずつ伸びていて、10年先には4年伸びる勘定で、更に遺伝子治療や臓器移植と際限もない。Img_2114

或いは私の生きている内に、平均余命100歳が実現してしまうのではないかとも思う。

それはさておき、人間は50歳で一端死んだと思うべきではないかと考えている。

動物的に考えれば、二十歳で子供を作って育て、独り立ちするのがその頃で、Img_2115 Img_2115

だから女なら50歳で閉経するし、男だって筋力は激減する。

生き物としての役割は、五十歳までに大抵は終わってしまうのである。

それが昔の様にさっさと死ねば良い物を、役割を終えてもなお50年は生きろと言う時代なんだ。Img_2117

当然ながら、生きる目的だって変わってくるし、これまでの人類史上無かった「人生哲学」が必要になる。

孫やひ孫の面倒を見るのも歓びかも知れないが、果たして人間それで満足し得るのかどうか。

人生後半の五十年は、前半よりも遙かに長い。Img_2118

これは五十歳から新しい人生が始まると考えた方が、分かりが良いのではないかと思う。

現実に私の50歳以降の考え方も随分変わったし、五十歳から新たな青春が始まったのかも知れない。

そうして現在70歳と少し、(決してヨボヨボの爺さんではなく)人生を謳歌している真っ最中なのである。Img_2124

前半の50年の私と現在の私とではまるで違うし、自由奔放に生きているような気がする。

人生100年時代は、50年の(異なった)人生を二度経験することなのかも知れない。

 

 

 

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