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2019年5月24日 (金)

私と小笠山

太田川の沖積平野(田んぼの真ん中)に生まれた私は、山と言う物を知らなかった。

それは遙か遠くに南アルプスや富士山が見えるにしても、身近な山は10kほど東に見える小笠山だった。

一度あの山に行ってみたいと思ったのが、多分小学三年生の頃だったと思う。

好奇心に駆られて自転車で冒険に出かけたその山は、荒れ果てた山だった(ガッカリ)と記憶している。Img_3226

当時は燃料が薪炭から石化燃料に変わった頃で、山は廃棄物も含め、荒廃のピークだった。

その後、当時の青年団協議会が小笠山の活用を呼びかけて、遊歩道などが整備された時期があった。

だがそれも経済の高度成長や青年団の衰退と共に忘れ去られ、今日の小笠山になっている。

とは言え、エコパ(運動公園)や道路整備が進み、国有林の多くも開放されて、茶園やみかん園に変わっている。

その山を走るようになったのは、平成の初め頃、偶然ある方に誘われたのがきっかけだった。

以来おおよそ30年、この丘陵(標高264m)と深く深く付き合ってきたのである。Img_3163

もともと(数十万年前)は大井川河口の三角州だったと言われ、その三角州の北側が大きく隆起して生まれた。

だから表面は河原と同じ石の山で、その深層部は泥岩になっている。

だから降った雨は一気に地下に染み込んで、地下ダムとなって南部の地域(大須賀、大東)に湧き出す。

山の謂われは兎も角、今ではその山の中で一日の半分近くを過ごしているのだから、故里のようなものだ。

ともあれ、今夜はその「小笠山を愛する協議会」の役員会があって、今後の運動方針について議論した。

この数年間だけでも森林管理署による「入山禁止」など色々とあったが、やっと本来の保健保安・自然観察教育に戻りつつある。

小笠山にお世話になっている私達も、精一杯この山の自然保全と活用に協力しようと言うことで一致した。

 

 

 

 

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