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2019年5月23日 (木)

面魂

面魂とは、広辞苑によると「並々ならぬ強い精神が顔に現れていること」とある。

元より軟弱な精神の私に面魂など宿るはずもなく、せめてそれなりの面構えが備わればと思ってきた。Img_3224

それは「男は、五十を過ぎたら自分の顔に責任を持て」などと言われて、日常が顔に出るとされていたからだ。

しかしどうも、(最近の研究では)顔の造りはDNAの成せる業らしく、あまり努力して変わる物でもないらしい。

それにしても、床屋に行く度に思うのが、「何と力の無い、弛んだ面構えか!」と言うことである。Img_3223

しかも、その顔の弛みには、私のこれまでオタオタと歩んできた事どもが皆織り込まれているような気もする。

「えぇ~い、顔などどうでも良いワイ」と開き直りつつ、これでも「怖い」と言われた時代もあったのだと納得させる。Img_3221

そう・・それは、その人間がどんな立場に在るかであって、そもそも顔など関係なかったのである。

顔が役立つと言えば、近頃の選挙で大抵は「イケメン候補」が当選することになっている。Img_3220

私のような貧乏顔や仁王さんのような厳い顔では、到底選良の気に入ってはもらえないのである。

政治も仕事も「顔」がする訳じゃないけど、どうせなら好きな顔をと選ぶのである。

詰まらぬ事を書いてしまったが、「先生」にも顔があるなぁ~と思ったからである。Img_3219

今日は地元中学校の学校運営委員会があって、まず最初にそれぞれの教室を回って授業参観した。

それは先生方は、それぞれのやり方で熱心にクラスを指導していた。

しかし、同じ事を言っても引き込まれてしまう先生と、そうでない先生もいるのは否めない。Img_3217

それは、信頼感の持てる面構えかどうかって事も一因では無いかと思うのだ。

そして、人の顔立ちを云々言える立場ではないが、面構えは立ち居振る舞いが醸す要素も多いのである。

 

 

 

 

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