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2019年5月25日 (土)

なお光在る

「ここにして 遙けくもあるか 夕くれて なお光ある 遠山の雪」(赤彦)

今日は久しぶり(レースで二ヶ月欠席)の人生を学ぶ勉強会で、テーマは「情熱」である。Img_3241

情熱は、目的に向かって突き進む意志の力とも言い換えられるだろうか、日々の行動のエネルギーでもある。Img_3239

この情熱なるものは、キュウリが最後にはウラナリしか成らせないように、人も歳と共に劣化するものだ。

私だって、かつては情熱の塊(大げさか?)だったが、その目指す物が少なくなると共に、次第にでくの坊化している。Img_3238

情熱をかき立てる燃料はまだまだ枯渇しないのだが、戦闘(挑むべき)対象とすべきものが消えていくのだ。

しかし、人間はその内なる情熱の枯れ果てた時、その歩みも自ずと止まるものだろう。Img_3237

冒頭に長野生まれの歌人、島木赤彦の歌を掲げたが、私はこの光を「情熱」に置き換えて詠んだ。

人間が生きているとは、何を感じているかであろうし、その感じ方が自分自身なのである。Img_3234

そして、夕暮れてなお情熱を維持し続ける秘訣は、ひたすら感謝しか無いだろう。

工藤房美著「「ありがとう」100万回の奇跡」を紹介頂いて、これはエネルギーかも知れないと思った。Img_3233

仮に10年に100万回としても、一日300回は「有り難う」を唱える勘定になる。

人間そんなに感謝ばかりしていられないだろうとも思うが、情熱も感情の一つなのである。Img_3232

それは自分に向かって有り難うだってあり得る訳で、その感謝の言葉が自分の遺伝子を活性化させる。

サムシンググレイト、眠っていた遺伝子がむっくりと起き上がって感動を、そして情熱と化すのだ。Img_3231

初参加のFさんが、「私は、有り難うランナーになろうと思っている」と仰っていた。Img_3230

翻って私は、これまで自分の惰弱な心と戦ってきたのだが・・・・そろそろ、転換点かも知れない。

今日は、「有り難う」によって何が生まれるかを考えさせられたのである。Img_3229

 

 

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コメント

貴殿と同年配です、小笠山に関する事で教えて下さい。腹摺峠についてですが、自分は曽我の生まれで、小学校の時は、春の遠足は、6年間通して法多山でしたが、平野から今のエコパの所を通っていた道を歩いていたから、腹摺峠は西中になってから、春の遠足で初めて歩きましたが、お茶屋は気が付きませんでした、3年間で1度もです。その後時々行きましたが、お茶畑を耕作していました、その後リフトを設置したみたいです、腹摺峠について詳しい方を
知っておられるなら、教えて欲しいです。
メルアドに、連絡下さい。

投稿: 金田満夫 | 2019年5月25日 (土) 22時48分

 腹摺り峠について特に詳しい人が居るのかどうか、承知していません。
 ただ、腹摺り峠は、茶園に通じるリフト(已に荒廃)の下の東側にあって、最近道標を建てました。リフトの下に広がっている広場が茶屋跡で、近くには弁当用に使ったワランも生えていますし、窪地は池(飲み水に使った)跡のようです。小笠山を愛する協議会会長の中山さんによると、明治の初め頃まで存続していたようです。
 なお、腹摺峠の由来は、横須賀藩の殿様が馬で通る折、役馬の両腹を摺る様にしか通れなかったことからとか。今でもそんな狭さが残っています。
                山草人

投稿: 山草人 | 2019年5月26日 (日) 05時23分

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