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2019年5月28日 (火)

人生の錯覚

私達(私だけなのかなぁ~)は、残念ながら様々な錯覚の世界を生きている

例えば結婚だが、三国一(?)の才女と思って連れ添ったのだが、その現実は恐るべき錯覚でしかなかった。Img_3242

さっさと別れれば良かったのだが、離婚は罪悪と錯覚していたし、世間体にも大きく縛られた。

別れようとして中々別れられなくって混乱しているのが英国だが、そもそも大錯覚なのではないか。Img_3247

確かにEU域内では、人々は自由に移動できる訳で、カトリックのポーランド人が大勢やってきた。

イギリス国教徒の彼らとは、日常的な行動様式が確かに違ってはいたが、元々は同じゲルマンなのである。Img_3248

やがて中東の紛争が激しくなって、今度はシリアなどからの難民が大量に流入するようになった。

彼らの多くはイスラム教徒で、生活習慣は又更に違っていた。

それで英国の人達はEUは居心地が悪いと言い始め、EU離脱を決めたのだった。Img_3249

経済的にはEUに留まった方が圧倒的に得なのに、敢えて孤高を選択したのである。

案の定、実際の離脱は迷走を続けているが、生理的な生活感覚からの拒否感はかなり強い物がある。Img_3250_1

考えてみれば、イギリス国教だろうがイスラム、或いはカトリックにしても、たかが宗教だ。

私達の感覚からすれば、宗教なんて適当で良かろうと思うのだが、それが国を揺るがす重大事になっている。

私は全く宗教心のない人間だから、宗派の違いなどは錯覚の範囲だと思っていて、せいぜい何処で生まれたか程の違いしか無い。

私が細君と何処で出会ったのか、その程度の違いしか無いのである。Img_3251

仮に私が女性の多い職場に就職していたら、その中でもっと見目麗しい才媛を見つけることが出来たかも知れないのだ。

ともあれ、人生も国際情勢も、多少の違いはあれ、その多くは錯覚によって動いているのではないか。

 

 

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