« 日々何を思わん | トップページ | 季節の移ろいに »

2019年6月 6日 (木)

狐の持ち物

今はそうでも無いと思うが、私自身かなり見栄っ張りな生き方をしてきた。

格好を付けて知的に振る舞ったり、知りもしないことを知ったかぶりしたり、相手の話に調子を合わせたり、

その意識は(お粗末な)自分の自尊心を傷つけられたくないってことだったと思う。Img_3169

殊に男は、自分が気のある女性の前では格好を付けたがる・・・アレと同じだ。

表面を飾るってことは、その実自分の中身が空虚だってことに気づいている訳だ。Img_3170

就職して10年くらいは、周りの皆がすごく知的で立派に思われた。

負けちゃいけないってんで、本を読んだり必死で努力もしたけれど、まぁ~人間なんて五十歩百歩だね。Img_3174

今になってみれば、地位も名誉も財産も程ほど(に寡少)で、頭だって人並みに呆けも始まっている。

勿論白髪も顔の皺も同様で、紅顔の美(?)青年を演じていた頃が正に漫画のようですらある。Img_3179

その孤独な馬鹿を演じてきた自分を、褒めこそしないが、やっぱり精一杯だったよねと慰めている。

宮沢賢治の短編小説「土神と狐」は、樺の木(擬人化した女性)を間にした狐と土神の三角関係の話だ。Img_3183

狐は樺の前でひたすら知的で富裕な生活を演出するのだが、地味な土神はその狐に嫉妬する。

やがてカッとなった土神は狐を殺してしまうのだが、その狐の住まいを訪ねて愕然とする。

赤土が固められたその住処はがらんどうで、そこには「カモガヤの穂」と「ハイネの詩集」があるだけだった。Img_3184

土神は狐の孤独な虚無感に気付いて涙する・・・・私達にも、こんな場面一杯あったよね。

それに嫉妬したりされたり、それが世の中の物事を動かしていたりもするんだ。

|

« 日々何を思わん | トップページ | 季節の移ろいに »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 日々何を思わん | トップページ | 季節の移ろいに »