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2019年6月 4日 (火)

下り坂を思う

山登りの際「ホントにこんな急な坂を登るのか」と思うことがある。

それが富士山であれ北岳であれ、一歩一歩登っていく内に、何時の間にか頂上に到ってしまうである。Img_3299_1

息を切らせ汗をかきながらもコツコツと登坂するのは大好きで、山頂での達成感というか開放感は登山の醍醐味だ。

ところが登頂を果たして下りに入ると、「こんなに嶮しい所をよくぞ登った」と思いつつ、その下りの辛さを味わうことになる。Img_3303

それは汗はかかないかも知れないが、足への負担は登りよりも遙かにキツく、つま先を痛めるのも下山時だ。

殊に若い頃は足をハの字に開いて飛ぶように降りることも出来たが、足腰のバネの弱くなった今日、むしろ下りの方が苦労するようになった。Img_3305

やはり榛名山の下りでも左様で、今朝まではかなり足の痛みを感じていた。

ところで今日の本題は人生の下り坂である。Img_3306

私の幼少時代から青春期は昭和で、その壮年期がバブル崩壊以降の平成、そして下り坂に当たる老年期を令和に生きることになった。

戦後の昭和は経済の急拡大する中だったから、私も時代にあおられて駆け足で登り切っていた。Img_3307

平成に入ると山頂近くの凸凹が長く続き、災害も含め経済の跛行も続いたがそれも乗り切ってきた。

そして古稀を迎えた途端、私は否応なく下り坂を意識せざるを得なくなったのである。Img_3308

砂漠への挑戦なども含め、あれこれとあがらってはみたものの、所詮下り坂を変えることは出来なかった。

つまり、何時まで続くのかは兎も角、これまで登ってきた遙かなる道程を下っていかねばならないのである。Img_3309

登り坂で見落とした花などを愛でながらとも思うのだが、はて・・足腰は大丈夫だろうか。

それに心配なのは、下山した後には温泉が待っているのだろうかと言うことである。

 

 

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