2007年10月 8日 (月)

寿司米

「寿司は、飯が命」と言われてきた。

寿司が握りずしになったのは、近世になってからのことだ。

そしてその米は、時代に翻弄されてきたと言える。Cimg4137

江戸前寿司が確立された頃、米は「関取」と言う米だった。

「関取」は江戸時代末期に、三重県の篤農家、佐々木惣吉という人が発見した。

粒が小粒で、色は銀色を帯びた純白。

文字通りの銀舎利である。

それで、「関取」が東京の寿司屋を風靡したと物の本に書かれている。Cimg4134

ところが昭和10年代になると、この米が急速に消えてしまう。

消えた理由は、小粒で肥料をやっても収穫量が増えないからだ。

化学肥料全盛の時代になって、肥料効率の良い品種に変わってしまったのだ。

それに、昭和14年には物価統制令、

15年には、切符制が始まっている。Cimg4136

国民の胃袋を満たすのが先で、味なぞ二の次の戦時なのだ。

戦後、多くの品種が登場するのだが、

寿司飯には、ササニシキが使われてきた。

今はコシヒカリ全盛の時代で、あのネバネバでは寿司には向かない。

そろそろ、寿司専用米をつくる時だろう。

もちろん、「関取」の復活でも良い。

ちなみに関取とは、容易に倒れない(倒伏)ことから命名されたと言う。

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2007年10月 6日 (土)

寿司文化の広がり

元々の寿司は、稲作と同様に中国方面から伝わってきたものだ。

始めは、もちろん飯を魚の漬け床にして、乳酸醗酵させた「なれずし」だ。

これを作るには3ヶ月から1年はかかる。Cimg4140

それで、これが次第にインスタント化していく。

やがて、発酵させるのではなく、酢と塩で味付けをするようになる。

これは直に食べられるから、「早すし」と言った。

この酢飯に山葵と江戸沖の魚を乗せたのが、江戸前寿司だ。

つまり日本に伝わった寿司が独特の進化をし、日本独自の食文化になった。Cimg4146

そうして今では、山葵や醤油と共に、世界自由に広がっている。

そして、世界の寿司への消費支出は、おおよそ3兆円に上るのだそうだ。

その内、2兆円は日本国内の消費である。

しかし、既に海外で1兆円とは!

ただ、日本と同様な寿司が食べられている訳ではない。

カリフォルニア巻きのように、手巻きだったり、アボガドやレタス、鳥の肉がネタであったりもする。

米は、EUも含め多くがカリフォルニア米だ。Cimg4138

日本の米が使われている訳ではない。

まあ~それでも、日本の食文化が広がっていること自体は少し誇らしい。

問題は、寿司文化の普及と共に、世界自由で魚を食べるようになったことだ。

例えば、マグロの消費は世界中で急増している。

その400万トンの漁獲のうち、日本人は1/5を食べている。

が、その90万トンを確保することが難しくなりつつある昨今だ。

今のうちに、食べておいた方が良いかも??

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2007年9月26日 (水)

寿司と米

かつて「寿司は飯がすべて」であった。Cimg4051

かつてとは、江戸から戦前までだろうか。

それが今、舎利は極めて細って、ネタの下に隠れてしまっている。

かつてファーストフードの筆頭であった寿司が、美食の極みになったと言うことだろうか。

寿司は、米と共に日本列島に伝わった食文化だ。

それは、なれ寿司だったり箱寿司だったりする。Cimg4087

魚を米と一緒に「押す」事で乳酸醗酵させ、保存食とした。

もちろんハレの日の食材であった。

それが江戸の中期、元禄時代にミツカンスで酢味を付ける事が始まった。

醗酵をさせずに、インスタントに酢飯にしたのだ。

握り寿司は、その辺から始まる。ネタはツケが主流だ。

今日のような鮮魚を使った握り寿司が本格化するには、冷蔵庫の普及が不可欠だった。

今、世界中で日本の食文化の代表として、寿司がブームを呼んでいる。Cimg4046

だから、その食文化が出来上がったのは、戦後のことである。

ただ残念なことに、主役のはずの舎利が脇役になってしまったことだ。

それには、戦後の食料政策が大きく関わっている。

食糧増産政策は、とにかく国民の胃袋を満たすことが目標だった。

寿司用の米なぞ、もちろん眼中に無かった。

米が供給過剰になると、今度は食味だと言う。

そうして今日の、ねばねばしたコシヒカリ全盛の時代になってしまう。

寿司とネバネバは、相容れないものだ。

寿司の業界は、そんな米の趨勢をよそ目に古米でしのいで来た。

舎利が、極少なくなってしまったのは、そんな政策の故なのだろうか???

10月5日に清水で、「マグロと寿司の市民ファーラム」なるものが開かれる。

そのフォーラムのパネリストを、何故か引き受けることになってしまった。

ちなみに舎利とは、お釈迦様の骨のことだ。

それほど、大切なものと言うことだろう。

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2007年2月22日 (木)

寿司と米

寿司屋に行くことなど、めったにない。

だけど希に入った寿司屋で、オッこれは旨いと思わせてくれたなら、少しばかり高くてもそれはそれで納得してしまう。

しかし、ネチネチとした寿司を食わされた上に、法外な支払いを求められたら、シャリならぬ砂利を食わされたような気になってしまう。

その旨さの基本は、実は米にある。

先日、静岡市清水区の宮城島さんから「関取」という米をお送りいただいた。

実はこの米、幕末(1848)に三重で選抜された米なのだ。

小粒だが品質が良くて簡単に倒れないから、関取となずけられたと言う。

この米は、明治から対象にかけて一世を風靡する米になった。

もちろん江戸前寿司の米は、この米でなくてはならなかった。

その「関取」が、昭和10年代以降急速になくなってしまう。

それは、化学肥料が普及したからだ。

化学肥料をやって増収する品種、それが良い品種になったのだ。

この点「関取」は、肥料に鈍感である。Cimg2842

幾ら肥えを与えても、収量が増えないのだ。

それで、抹殺されてしまったと言う訳だ。

だが、食糧難の時代ならいざ知らず、今日ではかつてほど多収が価値を持たなくなった。

それよりも、米の本来の旨みを求めるようになった。

いわんや、米を土台にする寿司屋においてをやである。

宮城島さんたちは、この米を見直すことも含めて、世界寿司フォーラムをやろうと考えている。

私の所でも、頂いた米と米酢で寿司にして、コシヒカリと食べ比べてみた。Cimg2843

しかして、9割の確立で明確に軍配は「関取」に上がった。

寿司に関して、今日の米が100年前の米にかなわないのだ。

技術者は、心してこのことの意味を考えるべきだろう。

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2006年11月 1日 (水)

コーヒーのミルク ?

 昔 「ミルクを入れないコーヒーなんて、コーヒ・・」そんなコマーシャルがありましたネ。

 洗脳された訳じゃないけど、私はいつもコーヒーにはミルク?を入れて飲んできました。

 入れたコンデンスミルクが傷んでいて、腹の具合を悪くしたことさえあります。

 でも最近では、そんなことはまず無くなりました。

 衛生管理が行き届いたのだと思っていました。

 ところが、小さな容器に入ったコーヒー用のミルク?

 あれは、牛乳でも生クリームでも何でもないんだそうです。

 あいつは実は、植物油と水に乳化剤を入れ、白濁させてミルク風にしたものなんだそうです。

 ミルクなんて、一滴も使っていないんです。

 使い放題になっているのも、当然でしょう。

 だけど、ミルクだとばかり思って、この間なんか二つも入れてしまった私の立場はどうなるのでしょうか。

 それは確かに、植物油でクリームを作っちゃいけないって法律は無いから、違法ではありません。

 それに良く見ると、ミルクと書いてもありません。

 こんど彼氏とお茶を飲む時、もしも、あのちっちゃな容器が出てきたら、間違っても「ミルク入れます?」なんて聞かない方が良いですよ。

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2006年10月24日 (火)

 あぶらの乗った秋刀魚に、カボスをふりかけて食べる。

 秋だな~ッと思う。Cimg0444

 新そばの香りも、最高になる。

 柿に栗、それに牡蠣もいいなあ~

 ハウス栽培や輸入で、トマトやキュウリ、ナスやカボチャ、本来は旬のものが何時でも食べられるようになった。

 そんな旬の薄らぎを、嘆く声も有る。

 だけどこの国ほど、季節感にあふれた食文化を持つ国は無いだろう。

 アングロサクソンなぞは、年中、肉にパンに牛乳で満足している。

 彼らの文化は、年中同じものを食べることなのだ。

 それに比べると、日本の旬は素晴らしい。

 春には山菜から始まって、竹の子や初鰹、それにサクランボ。

 夏には、枝豆にうなぎ、それにスイカだ。

 夏から秋にかけては、もちろん私の育てたブドウだ。

 冬には、野菜が飛びっきり美味しくなる。私の作っているホウレン草の寒締めなんざ、もう絶品になる。

 どんなに世の中が進歩しても、日本の旬はちゃあ~んと息づいている。

 それにしてもこの時期は、焼酎のお湯割りにカボスを絞って戴くのがおつだ。

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