迎春
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今日から7日までが松の内。
今年一年の豊穣を司る歳神様を迎える時ですね。
そして注連飾りは、神様の滞在する神域を現します。
歳神様には鏡餅を供え、おせち料理を頂く。
大小二つの餅は、福と徳を重ねることを意味します。
おせち料理は、年に五回あったお節句料理が起源とか。
まめまめしく働けるように黒豆、子孫繁栄の数の子などなど。
田作りだって、イワシを肥料にした頃の豊作祈願の名残らしい。
とにかく、今日が新しいノートの第一ページだ。
このノートに、素晴らしいドラマを記録していこう。
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世の中は「変化」の年だったと総括しているようだ。
経済も政治も世界も、確かにそうだったかもしれない。
あくせくと東奔西走した一年。
シベリアや沖縄、丹後にも行き、富士山にも登った。
それでも私の葡萄は、芽を出し実を稔らせた。
このブログも、362日書いた。
精一杯の一年ではあったが、それも過ぎて見れはそれだけのものだ。
明石元二郎大佐の参謀本部への報告書の表に「落花流水」とあった。
明石大佐は、機密費100万円(今の80億円)を使って謀略活動をした。
結果として、ツァーリーの虎の子師団を、
サンクトペテルスブルクに釘付けにしたのだ。
スパイ映画など、描きようも無い程暗い道を歩いていたのに違いない。
その彼の活動報告か「落花流水」なのだ。
命を賭した祖国のための活動を流水と振り返った。
とまれ、私はそんなに仕事なんてしてなかったっけ!
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天の声だとも解釈されてきた。
だがこれ、大変危険な要素をはらんでいる。
何故なら、国民意識など世論の操作で如何様にも変える事が出来るからだ。
ルーズベルトの仲介で日露戦争が終結したとき、
その講和の内容を巡って、世論は不満の大合唱になった。
全権大使だった小村寿太郎などは、命まで脅かされた。
あんなに犠牲を払ったのに、分捕ったものが少ないと言うのだ。
だが、国民はそうは考えなかった。
やがてこの世論が、軍部暴走と言う暗黒の歴史を作ってしまった。
国民目線と言われたあの「仕分け」も相当に怪しいものだった。
わざと膨らめておいて公開の元でこれを叩く。
しかも、国会議員が公僕の管理を罵倒するのだ。
演出とすれば中々の物だったが、中味は仕組まれた茶番だ。
彼ら仕置き人は、予行演習までして本番に臨んだ。
こんな言葉が独り歩きする時、
この国の未来は危ういと考えた方がよい。
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否、横着になるしかなくなってしまう。
例えば、食材について考えてみよう。
まず、女が横着になった。
晩飯でさえ、食卓はスーパー産の惣菜が並ぶ。
ところで団子は、私達日本人の大好物だ。
かつては何処の家でも、こしらえたものだ。
たまに家で作ろうと思っても、今度は団子用の粉を売っていない。
柏餅も煮豆だってそうだ。
通販で買うほかない。
柏餅の葉も手には入らない。
ことほど左様に、家庭の食文化は食品産業に破壊されてしまった。
便利の片方で人間は退化し、情緒も愛情表現も奪われていく。
人間、不便な方が和気藹々と暮せるのにね。
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たかだか、太陽の周りを一周しただけなのだが、
この節目が、私達には結構大切なものだ。
締め切りも乗り越えるべき壁も無ければ、
自分の年齢さえ定かではなくなってしまうだろう。
昨年のリーマンショック以降、
経済も暮らしも文字通り牛歩を続けてきた。
政変のあったこの国だけが、景気の立ち直りを見せていない。
寅年の始めは、二番底に入るやも知れず、
しかし、竹に節が無ければとてもあんなには育たない。
同様に私達も、年輪を一つ重ねることで心境も変えていく。
来年は、大きく景気が好転する年であって欲しいな。
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タバコを燻らす一時のくつろぎ、それは絵になる。
若い頃「タバコは気分転換に最適」などと理屈付けて吸っていた。
かっこつけのためにタバコを吸う自分が、
嫌になったのも事実だ。
スポーツマンに喫煙者はいない。
以前、ゴルフのジャンボ尾崎がラウンド中にタバコを吸っていた。
アスリートが肺を大切にするのは当然のことで、
それも出来ない競技者など駄目だと思ったのだ。
このタバコの原産地は、南米ボリビアからアルゼンチン北部の高地だ。
この国には、天正年間(16世紀後半)に南蛮人が持ち込んだ。
栽培は、関ヶ原の合戦あたりかららしいが、
戦乱の治まりとも関係していたかもしれない。
しかし幕府は、江戸城内での喫煙は厳禁にした。
火事の心配と、万事に慎重な家康がタバコを嫌ったかららしい。
家康ならずとも、出来ればタバコは止めた方がよい。
そんな意味で、一箱千円位にするなら、
新政権の善政として大いに賛成するのだが・・・。
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で今夜は、そのCafe Triangleに出かけてきた。
うたごえ喫茶は、昭和40年代が全盛だった。
数百人の客が、声の限りにアコーディオンに合わせて歌っていた。
そのむんむんしたエネルギーを今でも忘れない。
この喫茶が、アットホームで中々くつろげる。
歌は、「焚き火」「ふるさと」「千の風」と続いて、
今日のゲストがオカリナの遠士朗さんで、これが又良かった。
イタリア生まれのオカリナは、日本で改良されて、
そのオカリナが、今日の曲にぴったり合っていたのだ。
それに、サンシンやドラムも登場して、
こんなのも良いね!
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四季と共に生きているのだ。
私の育てているホウレンソーは、
播種から50日で収穫期を迎える。
一日を過ぎれば、その一日が実績として確認できるのだ。
葡萄は、最後の落葉を始めている。
もうそろそろ、来年に備えて剪定を始めずばなるまい。
問題は、彼ら植物に寄生している人間どもだ。
彼らの律儀さを良いことに、如何ほどの蓄積を成し得ているだろうか。
この一年も暮れようとしているのに、
植物は、その生命そのものが既に実績だ。
しかして私達は、この一年何を生み出しただろうか。
つくづく、植物は偉いと思うのだ。
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つまらぬ事で仲たがいしたり、進む方向すらも変えてしまう。
大切な志だって、都合しだいで塩のように溶かしてしまう。
見栄や恥ずかしさ、幾ばくかの誇りだろうか。
私のこれまでの人生だって、紆余曲折の連続だ。
所詮ままならぬ人生と悩んだり苦しんだりもした。
だか知命の頃になると、短期は損気、
それに、そんなに夢中にならなくなった。
そうして、歴史はゆるやかに今日へと続く。
だから、いつも通りの毎日であったとしても、
その中にどんな経験を盛り込むかが大切なのだろう。
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