2007年6月20日 (水)

熟年就農

農林水産省が、「2地域居住」なるものを推奨している。

定年を迎える団塊の世代に、

田舎に住んでもらおうという魂胆だ。Cimg3504

そもそも作物の育つ様は、私たちの生命活動とも共鳴する。

実に、日々新鮮で楽しいものだ。

私だって、早朝から葡萄の手入れに余念が無いのは、

色付き始めたその様に、ワクワクする時を得られるからだ。

長年都会で過ごしてきた熟年者にも、そんな喜びを味わってもらおうと言う訳だ。

その小さな農業で、生計を立てようなぞと思う訳ではない。

日々の楽しみと、そこそこの現金収入があれば、なおかつ結構ということだろう。

ドイツでは戦後、クラインガルデン(小さな庭)が発達した。Cimg3503

それは、アパートが生活の拠点だったから、庭の集まりにコミュニティーや安らぎを求めたのだ。

週末農園として、素晴らしく美しい文化となっている。

はてさてこの日本で、これをどのように仕組むことが出来るのだろうか?

まずは、少し規模の大きな市民農園を考えるのかな ?

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2006年10月11日 (水)

お茶と水研究会

 この研究会に入れていただいて、もう8年になる。

 研究会は発足から12年になる。最初は「お茶の水研究会」と称していた。

 研究会と言うと大変堅く感じるが、実は中味は極めてソフトで、構成員も多士済々である。Cimg0412

 学者もいるけれど趣味の人、野次馬、業界人、主婦などで、私はもちろん野次馬である。

 12年続いているのには、事務局長をなさっている大学産業(株)の曽布川社長の尽力に負うところが大きい。

 ともあれ同好の氏が集まって、気の向くままにお茶と水で遊んでいる。

 今日は、会長の富田勲先生から面白い話を伺った。Cimg0413

 「お茶と言うのは、随分変わった食物だ。ホウレン草は、煮汁をこぼして残りを食べる。

 だけどお茶は、逆にもっぱら煮汁を飲む。

 それに人間は一年生の草本は食べるけれど、樹の葉を食べるのは一般的ではない。

 人間は、コアラやパンダと違うのだ。ただ、樹の皮や根は昔から薬として使ってきた。

 だが樹の葉は、お茶の葉だけだろう。」

 そう言われれば、確かに異質なものではある。

 人間はそのお茶を、神農の昔にさかのぼるなら、もう二千年以上飲み続けている。

 そのお茶を、私達の力で新しい食品に仕立て上げることが出来れば素晴らしい。

 今日も新たな提案があった。Cimg0414

 お茶は、酸化が進むに従ってウーロンから紅茶、プアーネチャとなっていく。緑茶は無酸化のお茶だ。

 これを乳酸菌によって醗酵させたらどうなるか、という設問である。

 本来お茶の主成分は、カテキンである。カテキンは、菌を皆殺してしまう。

 だから醗酵は無理だと言うのが通説になっている。

 だけど、人が多士済々で中には変人もいるように、菌にも蓼食う虫もいると言うのである。

 その変わり者の菌の力を借りれば、全く異なったお茶が出来るかも知れない。

 まあ、ともかく楽しく遊んでみようと思っている。

 

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2006年6月28日 (水)

趣味に遊ぶ

 仕事や家庭と同じように、人は趣味を大切に育てるべきだ。だから趣味のための投資は、惜しんじゃいけない。40歳を過ぎたあたりから、そんなことを考えるようになった。50歳を過ぎても、趣味が七つ数えられないようでは、その人生は危ういと思ってきた。

 私の二十代や三十代を振り返ってみると、高度経済成長の只中である。毎日が、すべて仕事でしか無かったような気がする。とにかく、夢中で過ごしてきた。その頃趣味を問われれば、マージャンにパチンコとしか答えようがなかっただろう。趣味の意味すら、考えることも無く過ごしていた。

 履歴書に、趣味を記載する蘭がある。趣味を尋ねれば、どんな人間がおおよそ見当がつくからだ。今の私ならその蘭に、マラソン、ブドウの栽培、書き表して発表すること、そして司馬遼太郎と書くだろう。その他にも、色々な所に出かけたりして何でもやってみることにしている。だけど心底楽しんでいるのは、その四つだろうと思う。Cimg0156

 趣味にのめりこむと、毎日わくわくして過ごすことが出来る。その趣味によって、人は人生観を変えてしまうのだ。もっと趣味を育てたい。望むらくはこれからも、自らの好奇心に忠実に生きて見ようと思っている。

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2006年6月24日 (土)

初夏の稔り

 梅雨の中休みで、しばしの晴間である。今日は一人、桃の袋掛に精を出した。ブドウの世話に手一杯で、しばらく見ないうちにもう桃色を帯び始めている。この手の作業は、ひたすら黙々と進めるほかない。Cimg0147

 これからの10日間、桃は一気に大きくなって色づく。それを狙って、ドウガネブイブイやカブトムシ、それにヒヨドリが集まってくる。ハクビシンもやってくるが、あの獣は梨とブドウが目当てである。私も含めて、皆初夏の稔りを待っているのだ。

 ところで落葉果樹は、おしなべて季節感にあふれている。それにブドウを除けば、あまり人手を必要としない。だからブドウの他にも、桃や梨(豊水、幸水、二十世紀)、梅、柿、キウイフルーツ、ブルーベリー、サクランボ、クリを育ている。かつて育てていたリンゴとイチジク、それにプラムは、カミキリムシに枯らされてしまった。病虫鳥獣害と戦うことが、毎年の栽培と言ってよい。そんな訳で、袋掛けは必須の作業である。

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2006年6月22日 (木)

初夏の色付き

 早生ブドウに、ほのかな色が見え始めた。ブドウの世話をしていて一番うれしい瞬間が、最初に色付きはじめた房を見つけたときだ。片思いだった彼氏にジッと見詰められて、ポッと顔を赤らめる乙女のような処女性を感じてしまうのだ。Cimg0145

 寒い時期には、剪定に土作り、春になって芽を出せば芽かきに誘引、実が着けば房の整理に摘粒と、随分と熱心に世話をしてきた。特に摘粒は、一房ごとに多すぎる粒を抜き取る根気の要る作業だ。この気の遠くなるような作業が、ほぼ一ヶ月間は続いた。

 摘粒作業が終わったのは、つい一昨日のことだ。それなのに、気がつけばもう早稲品種が色付き始めている。このサマーブラックが熟れ始めると、じきに甲斐美嶺、水峰、ピオーネと続く。

 何故、こんなにも嬉しいのだろう。ブドウは、豊穣のシンボルだ。その豊かな実りを、毎日眺めて独り占めしているからだろうか。それにしても、毎年キチッと沢山の房を稔らせるブドウの樹は立派だ。それに比べ私達は、毎年どれ程の成果を成し遂げているだろうか。九州南部は、もう梅雨明けだそうだ。もうすぐ、本物の夏がやってくる。

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2006年5月11日 (木)

菜種梅雨

 連休の五月晴から一転、毎日うっとうしい空模様が続いていますね。でも、植物はそんな天候を物ともせず、せっせと成長を続けています。

 私の栽培しているブドウも、一斉に花を咲かせ始めました。先月、このブログにブドウの花房の写真を掲載したら、ある方からメールを頂きました。「この小さな粒が、あのブドウになるんですね」という趣旨でした。とんでもない。あれは蕾でしかありません。Cimg0083

 花が咲くと、ジベレリンに浸漬して種無しブドウにする作業が始まります。処理済の房とそうでない房を区分けする印を確かめながら、毎朝2時間くらいこの作業をしています。たわわに稔ったブドウの形を想像しながら、根気強くやるのです。無心で作業していると、様々なことを瞑想している自分に気づきます。何時の間にかこの朝の時間が、私にとって得がたい貴重な時間になっています。

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2006年4月26日 (水)

棚付け

 五月の連休が間近です。日差しも強くなりましたね。ついこの間芽を出したばかりの私のブドウ達が、毎日グイグイと伸長を続けています。毎朝の作業も、芽欠きから棚付けに変わりました。枝の長さを決めて芯を止め、棚に固定していくのです。

 それに、ブドウ達はそれぞれ一枝に2~3の花房を付けていますので、これを整理して、結果量を加減していきます。この作業が終わると、一段とブドウの棚らしくなるんですよ。無農薬なので、虫も出てきます。今年は、カメムシが早くもでてきました。Cimg0072

 棚の下で時を忘れ、無心に作業する自分。ハッとして我に返ると、そんな自分がそこにいるのです。でも、日々の彼女らとのかかわりは、時のうつろいの確かなあかしなのです。

 

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